2 一人だけの反乱





薄暗い食堂内。下卑た笑いを浮かべながら、時に喚き、笑い、戦争に勝ったイルミダス兵は地球の女に酌をさせては酔いに酔った。
付近にいる地球人は小さく、惨めに、死んだような表情で黙々と酷い料理を食べている。
そんな中で食事を取るフィーナは目立った。
汚れているとはいえ太陽系連合所属、スフィア王国の王族用の群青色を基準にした軍服は絡んでくれと言わんばかりだった。
襟に縫いこまれた実戦英雄章で警戒されていたが、女性一人の存在はあまりにも弱く、未来が見えていた。
本人も理解していた。
しかし、どんな屈辱的な思いをしようとも、無念の死を遂げた父、母、そして裏切ったあの男に復讐を果たすまでは生き続ける。
幸いにも降伏後に敵将校たちに玩具にされるような事もなく済んでいる。
だが、それがいつまでも続くとは思っていない。
早く食事を片付けようかと考えたが、地球人の居住区に落ち延びても、あまり状況は変わらないだろう。
「元気を出せよ」
惨めに食べているフィーナのテーブルに、度の強い洋酒の瓶を置かれた。
見れば、酷く汚れた赤色の軍服。よく見れば太陽系連合外周艦隊のものか。
乞食に落ちぶれ将校か。メガネをかけた貧相な雰囲気だった。瓶を置くと背を向け、座席に戻っていく。しかし、フィーナは黒襟を見逃していなかった。
(貴方に同情していたつもりだったけど、されていたとはね)
フィーナは洋酒をグラスに注ぎ、一口つけた。
(私達の明日に…!)




「おい姉ちゃん、飲んでるんだったら、俺にも酌してくれよ。一人だけ楽しむってないだろう?」
「おいやめろ。止めておけって…!」
酒が進み、調子の乗ったイルミダス兵がフィーナに絡む。同僚が止めているがよほど飲んだのだろう。止められそうにない。
フィーナの腕を掴むと「こっちを向けよ」と凄んで見せた。
「グラスが無いと注げませんよ」
「おっ、おう…」
とびっきりの笑顔で言うフィーナに、兵は自分の使っていたグラスを差し出す。
「分かってるじゃねぇか。今日は可愛がってやるよ!」
フィーナは瓶を握ると、グラスを持つ兵の手を殴りつける。
グラスは地面に叩きつけられ割れ、兵の悲鳴が上がった。
興味深そうに見ていたギャラリーがどっと笑う。
「だからやめとけと言っただろう」
「どけ、このアマぶち殴って、自分の立場を教えてやる!」
殴られてない方の手で瓶を持ち、振りかぶる。
フィーナは素早く立ち上がろうとするが、周りのイルミダス兵に肩を抑えられ遅れる。
絶体絶命のフィーナに振り下ろされる瓶は、目的を果たされる事なく地面に落ち、転がった。




男の顔面に拳が叩き込まれていた。
「女一人に大の男が数人がかりか、本当に汚いな、イルミダス軍は」
先ほどのメガネの乞食将校だった。
フィーナの方に振り返ると、その肩を抑えていた兵に瓶で殴りつける。
「てめぇらのような卑怯者に加減は必要ないな」
地面に転がり頭を抑える兵に吐き捨てる。
周りにどよめきが広がる。
将校はちょっと数が多いかと思ったが、後に引けなかった
そしてフィーナに手を差し出す。
「キャプテン、人気者だね。うらやましいよ」
「この人気を貴方に分けてあげます」
手を握り、立ち上がる。
「右っ!!」
フィーナの声に反応し、将校は視線を右に移しながら屈む。
その右からは他の兵が椅子を持ち上げて振りかぶっていた。
椅子は将校の左にいたイルミダス兵に命中した。
殴られたイルミダス兵は同じように椅子を持ち、「悪い」と謝る仲間を殴った。
大喧嘩の始まりだった。
将校は手も使えば瓶も使い、余力あらば椅子も使った。荒っぽく暴れ、兵は近づけない。
背後に廻ろうとすれば、そこには割れた瓶を持ち構えるフィーナ。
こちらも容赦は無かった。掴みかかる兵が流血しようが構わず、瓶、ナイフなど道具を駆使して応戦する。
やがて喚声が上がる。
「黒襟に続けっ!」
小さく、見せの片隅で商売女からも相手にされず、惨めにちびりちびりと酒を飲んでいた地球人が立ち上がる。
こちらも何かを手にしてはイルミダス兵に殴りつけ、日ごろの鬱憤を晴らす。
酒瓶は砕け、料理はテーブルごとひっくり返る。店内に怒声と暴力に満ちた。




乱闘の合間、将校はビニール袋にせっせと料理を流し込んでいた。
ハンバーグ、ビフテキ、パン。汁物を回避するなど、選んではいるようだ。
乞食もここまで来るとウンザリする。
「貴方って節操が無いのね」
「食べられるうちに食べろ。土方さんの教えだ。キャプテン、君もどうだ?」
将校が鳥の足を千切って出す。
受け取って齧る。やはりフィーナも飢えていた。復員船の船長をしている時から満足なものは食べていない。
鳥は本当に美味しかった。
イルミダス兵はこんなものを好きなだけ食べて、地球人は残飯のようなものに甘んじていた。
「この汚ねぇ奴らめ!」
飛び掛ってくるイルミダス兵を二人で椅子を使い殴り倒す。
倒れて動かなくなる兵に目も向けず将校は別の料理を指す。
「ケーキは止めておこう。これがいい」
フィーナの目が見張った。将校が指していたのは箱に入って置かれていたシュークリームだった。
すかさず手に取り、じっと見て齧る。口の中に広がる甘いカスタードクリーム。
フルーツの風味が混じっていた。うれしい事に桃の味だった。
涙が一筋流れる。
その姿を将校が見つめる。
「ごめんなさい。取り乱したわ…」
「いいさ、そいつは余計に持って行こう」
店の入り口に拡声器の音が響く。
「静かにしろ、騒いでいる者は連行する!!」
イルミダス軍の憲兵が警棒や盾を持って駆けつけてくる。
数は多く、10人はいるか。
将校はフィーナを見る。
「はは、愉快だ。俺は森川鹿之介。さあここから逃げよう」
「鹿之介…? 私はフィーナ・ファム・アーシュライト。どこへ逃げるのですか?」
「地球人居住区。詳しい話は後にしよう。こっちだ」




店の奥に進むと、廊下に出る。先に進むと愛想の良い女性店員が迎える。
肉付きが良く笑顔がよく似合う。
走ってくる鹿之介に手を出す。
「ハイ、部屋代」
「悪いねメルト、いつも利用させてもらって」
鹿之介は紙幣を渡す。
「いいのよ。それより探し物、聞いていたのと違うけど見つかったのね」
「うん。何とかいけると思う。今まで世話になったね」
「そっか、死ぬんじゃないわよ」
「ありがとう。それとこいつは選別だ。支配人達と一杯やってくれ」
鹿之介はさらに紙幣を数枚、メルトに握らせるとフィーナを促し、廊下の奥に進み、扉を開け出る。
後は戦争で破壊された瓦礫を避けながら地球人居住区を目指す。




食堂から脱出した後は、しばらく走ったがそう続けられるものでもない。
1キロも離れると、二人は歩きながら話した。
イルミダス軍司令部から地球人居住区は歩いては半日以上かかる。
「俺はあのキャッスルメイン星団会戦では外周艦隊 第二水雷戦隊旗艦、駆逐艦村雨の副長だった」
「私は内周艦隊 スフィア王国所属 戦艦メロディア艦長。お互い生き残っているのが不思議な戦いでしたね」
歩きながら軽く食べる。
鹿之介はビニールからビフテキ一枚を取り出して齧る。
ビニールを向けられると、フィーナは袖を巻くってから手を入れ、ホットドッグを取り出して上品に口に運んだ。
「君のメロディアには助けられた、いや、助けられました。あの艦が我々水雷戦隊にとっては最後の希望でして、何とかして助けながら助けられようともがいた次第です」
「どうしましたか、改まって」
「無作法ではあるのですが、礼節を欠くつもりはありません。姫殿下とお呼びすれば良いですか?」
「王国は別の者に牛耳られてしまい、王位継承権を行使できる状態にありません。
気にされず、貴方の普段の接し方で良いですよ」
「それならば、姫殿下からざっくばらんに接しては如何ですか?」
その言葉にフィーナは苦笑いをすると「そうですね…」と言い、残りのホットドッグを食べる。
しばらく待つ。
「そのようにすることは出来ません。
私はこの状況でも人の上に立つ者として、誰彼構わず庶民と同じ振る舞いをするわけにはいきません」
「それでは、このままやりましょう」
鹿之介は一呼吸置く。言うべきか迷ったがこれだけは聞いておきたかった。




「話は変わりますが、姫殿下は月に帰る気が無いように見受けられますが。地球で骨を埋めるつもりですか?」
「さきほどの喧嘩を見れば、そう見えますね。
 実の所、本当は月に帰ってあの裏切り者と刺し違えるつもりでいました」
鹿之介は思い出す。
今の月、スフィア王国国王を名乗っている男は、このフィーナの夫であり、太陽系連合を裏切ってイルミダス軍に降伏し、その地位を保証された者だ。
そして戦争で太陽系連合が敗北する原因を作った者でもあった。




太陽系連合と帝星イルミダスの戦争は長くは続いていない。
開戦から一ヶ月、兵力差で連合が押され、太陽系外延部が絶対防衛線になってしまう。
そこで連合は起死回生の作戦として、キャッスルメイン星団を抜けてイルミダス本星を突く強襲を仕掛ける。
その強襲する部隊に太陽系連合外周艦隊のすべて、内周艦隊からはフィーナが統括していたスフィア王国第二艦隊と、別の指揮系統に属する火星第二艦隊、地球第三艦隊が抜擢された。
総指揮は地球第三艦隊のカクタ司令が取る。勇猛として誉れ高い指揮官を得た部隊は、連合すべての期待を受けて出撃する。
その時にフィーナは夫に参陣を要請、共に月の代表として、同じ艦に乗り、イルミダス本星と戦って欲しいと伝える。
しかし、夫は拒絶。「君の帰るところを守る者がいなくなってしまう。誰かが月を守らなければならないだろう?」と。
かくして月王国王室は三つに分かれて戦う事となった。
女王夫妻が内周艦隊主力と合流。フィーナが本星に向かい、その夫は月に残った。




キャッスルメイン星団を抜ければ連合艦隊はイルミダス本星を突ける。イルミダス側も連合の意図を見抜くと、勇猛で知られるトカーガ軍をぶつけるなど、よく防衛した。
太陽系では防衛ラインをさらに縮小し、土星軌道上での戦いとなっていた。
ここはその衛星タイタンなどに小国が多数あり、連合の一角を占めていた。ここから撤退する事は連合としては出来なかった。
連合艦隊は消耗戦を経てついにイルミダス本星に到着。さらなる激戦を迎え、本国へ増援を要請する。
要請どおりの応援を出せば、維持できなくなる為に防衛ラインをさらに縮小させ、最終ラインになる火星防衛線まで下がり、その他連合国を降伏させることとなってしまう。
かといって千載一遇の好機は逃せない。
連合は協力国に後で必ず取り戻す事を約束し、防衛ラインを火星軌道まで下げ、増援200隻をキャッスルメイン方面に送り込んだ。
そしてこれが、終わりの始まりとなった。




イルミダス軍の司令官ゼーダは残った連合構成国に揺さぶりをかけた。
すでに防衛線を後退させ、後がない太陽系連合に協力しても勝ち目が無いと。
そればかりか、抵抗を続ければすべてを破壊され、多くの者が死ぬ事になる。今降れば、すべて保障する。ただし、今だ。この後での降伏は保障しないと。
火星の統領はこれを握りつぶしたが、月の責任者、フィーナの夫はこれを受け入れ、提示した条件がフィーナ本人とその両親の保障。月王国の存続と安泰で、これをゼーダ飲むと降伏した。
イルミダス艦隊の一部が月に入り込むと、前後で挟まれた連合内周艦隊は進退窮まり、戦闘が再開されると、疑心暗鬼に囚われた内周艦隊は満足に戦えず、瞬く間に壊滅した。
太陽系連合の降伏が決定した時、外周艦隊は味方と合流できないまま降伏の連絡を受け、無念の涙を飲んで撤退となった。
後世に語られる、地獄と言われたキャッスルメイン星団の戦いはこの撤退時のもので、多くの戦士が帰られなかった。
地球に帰り着いた艦は、フィーナが指揮を取っていた戦艦メロディア以下、外周艦隊の駆逐艦9隻。
出発時の威容などどこにも無かった。




「刺し違えて死のうと思った時、貴方の指揮官の最後の言葉を思い出しました。
生きろ。生き続けて戦え。辛く悲しい事を乗り越えて戦え…」
「土方司令の言葉ですね。よく覚えています」
フィーナはシュークリームを取り出し一口。えらく上品な食べ方だと鹿之介は思った。
鹿之介はパンを割くとハンバーグを押し込み、齧りついた。平時でも戦場の食べ方なのだろうかとフィーナは思った。
外周艦隊 第二水雷戦隊司令官 土方竜は屈指の指揮官で内外に声望があった。
撤退時に相次ぐ指揮官の戦死で内周艦隊側の次席指揮官が不在となると、代わりに総指揮を取ったが、発せられる電波の量で旗艦と見破られ、乗艦村雨は集中砲火を受ける。
戦闘航行に支障が無かったものの、司令塔への直撃弾は土方の命を奪った。最後の言葉は残存する水雷戦隊全員へのものだったが、メロディアでも受信はしていた。




「いつか、土方司令の敵が討てると信じて行動をしています」
「私からも質問、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
フィーナは鹿之介の目を見据える。
鹿之介は思った。綺麗で美人な、厳しさのある顔立ちかと思っていたが、なかなか、どうして、よく見ると可愛い顔立ちだった。
「貴方はどうして乞食をしているのですか?
その仕草、行動、そしていざという時の体力。乞食で暮らしている人には見えません。
鹿之介は目を逸らす。そして遠くを見る。
「一人だけの反乱ってやつですよ」
「反乱? このように拾った食べ物を口にするのが反乱となりますか?」
「失礼ながら姫殿下、その食べ物は強奪したものです。拾い物ではありませんよ。
そういう意味では、申し訳ない限りですか。姫殿下を賊の共犯者にしてしまいましたな」
お互い、苦笑する。
それが答えではない。鹿之介は言葉を続ける。
フィーナの顔を、目を見澄めて
「武器があれば姫殿下も反乱をしますか?」
どういう意味か、フィーナは考えたが言葉通り受け取り、軽く頷いた。
頷き返すと、鹿之介は食事を止め、先を急いだ。





数分間、無言で歩くと、二人は半壊して誰も利用しないビルに着く。
裏口から入ると調理場に出た。
「ここは水道がまだ生きていて、たまに仲間と利用するのですよ」
ご丁寧に石鹸まで置いてある。
フィーナは納得した。手で掴んで食べて、ここで洗っていたのか。洗えることを知っていたら、自分も肉を齧っていたかもしれない。
手を洗い終わると、鹿之介は懐からコスモガンを一丁取り出し、フィーナに差し出す。
「こんなものが…」
「どんな所にも、抜け道というものがありましてね。
弾は七発しかありません。大事に、ここ一番、後がない時に使いましょう。今は、それだけです」
古いものだった。内惑星戦争の頃のものだろうか。
「試し撃ちをしたいのですが。
弾道を知っていれば無駄撃ちも少なくなります」
頷く鹿之介。
「一発だけですよ」
「それで十分です」
そうとなるとビルの外に出て、鹿之介はビニール袋から缶飲料を取り出す。
「くそ、奴ら銀座ライオンの上等品を飲んでやがるな。俺が飲んでやる。
ガンで撃つのは空き缶を使うのが昔からの作法。飲み終わるまで少々、お待ちください」
飲もうとする鹿之介をじっと見るフィーナ。
もう一本出そうと探すが袋には入っていなかった。
「お先にどうぞ」
差し出される缶を受け取るとフィーナの顔がほころぶ。
「欲しいといったわけではありませんが…」
ぐいぐいと飲む。
さも美味しそうに飲むフィーナの横顔を見て、やはりこの子は可愛いな。鹿之介はそう思いながらも、中身が無くなってしまうのを恐れた。
口を離すと、フィーナはハンカチで上品に拭き、待っている鹿之介に渡す。
「少し、飲みすぎてしまいました。すみません」
「いいんですよ、いい飲みっぷりでした」
笑顔で受け取り、余りの軽さに落胆するが表に出さないように顔面に笑顔を伝えた。
そして飲み干すと、建物から離れた路上。誰もいない通行人は一人もいない…。そっと置く。
「では私から」
鹿之介は足を開き、腰を落とし、両手で構えて缶を狙う。
ハンドガンは得意であった。そしてフィーナの目の前だ。当てたいと思うのでしっかりと構える。
どのように飛ぶか分からないので、狙った所で当たるものでもないが…。




引き金を引く。
ぶびっぼぅぅぅぅ…プスン!
嫌な音がなる。
あたりに立ち込める悪臭。
「いや、これは…」
振り返る鹿之介にフィーナは女神のような笑顔で言う。
「力んでしまえばこのような事もあります。ハンドガンは苦手でしたか?」
てれ隠しに笑うが、しかし、放屁などしていない。
ガンのカウンターを見ると残りが6となっている。引き金はしっかりと引かれている。これは偽造品、いや罠か…?
フィーナが構える。
缶に対し体を横に向け、銃を握る右手を振りかぶり、視線の先に置く。
格好いいなと鹿之介は思う。
引き金を引く。
一瞬、やるなっと思う。
引き金の引き方にこんな言葉がある。「暗夜に霜が降りるが如く」銃に引き金は引けばいいと言うものではない。引き方で弾の弾道が変わる。
フィーナの引き方は極めて理想的だった。
その後がいけなかった。
ぶぶっぶびっぃぃぃぃ、ぷぴっぷぴっ!
「実が出ましたかな?」
「出てなんかいないわ!!」
顔を真っ赤にしてフィーナが振り返る。その可愛さにドキッとする。
フィーナが感情を露にしているそばで鹿之介は考える。これはイタズラではない、罠だ。仕掛けられていたのだ。
レジスタンスが使っていたら位置がばれて一網打尽となっていただろう。
それにしても酷い臭いだ。掃除をした事がないドブ川でザリガニの死体が放置されていても、こうはならないだろう。
酒を飲みすぎて胃腸を痛めたなんてチャチなレベルじゃない。もっと強烈な何かだ。





あたりに漂う、悪臭。
腐臭にメタンを混ぜて発酵させたというか、不快を通り越して苦痛となり、最後に笑ってしまうのだろうか。酷い臭い。
「やだ、こちらまで広がってくる」
トカーガの錬金術師にして兵団の隊長ポリンは顔をしかめた。
裏市場で流通させている旧式コスモガンの半分近くは、彼女が偽装させたものだった。
レジスタンスに渡れば仕事がやりやすくなる。しかし、あの乞食が持っていたとは。
ポリンの命じられた事はフィーナを捕縛し、その心を機械にかけることにあった。
反乱の気配があるのかどうかの確認。
酒場での大乱闘から、月王国の要請で特別扱いされていたフィーナも調査対象となったのだ。
「乞食の方も機械にかけようかしら」
ポリンは鹿之介も連れて行くことにした。酷い私生活の人間なのでゼーダが嫌がるだろうが。
調査対象のフィーナと暴れ、武器を携帯していた。武器ではないか。
すぐにトカーガ兵数名がが二人を遠巻きに囲む。
うまくいけば、ショックガンで二人をすぐに黙らせられるだろう。
しかし二人は歴戦の戦士だった。
囲まれた事を察すると即座に反撃に出た。
二人が本当の銃を持っていたら、この場でポリンの部下の半数は失っただろう。
現実は厳しく、さらに悪臭をばらまき、騒いでいる二人はそのままショックガンで黙らされた。
トカーガ兵は倒れた二人をポリンの自動車に乗せ、搬送準備を整えた。
そしてポリンは思う。
錬金術の過程で作られた香水の類は武器にしてはいけない。
我が身に降りかかったとき、大変な事になる。
ポリンは覚悟を決めて乗り込み、エンジンをかける。
落ち着いてきたとはいえ、悪臭の中、鼻の曲がる思いのポリンは、何も分からず寝ている二人をうらやましく思った。




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