6 ドクロの旗を掲げ
シンフォニア号は制御を失いつつあった。
重力に引かれる艦体を右に左に、前後左右に揺さぶらりながら航行している。
何とか地球人居住地まで辿り着こうとしていたが、三人の目には不可能に見えた。
ポリンは車を一旦止めて、シンフォニア号の不時着を見守る。
「まるで派手に戦って来たかのようね」
「あの全体の痛みはまさか、炎の河を渡ってきたのではなかろうな…」
「プロミネンスの炎の河。私達トカーガ軍も避けて通るわ。商船が突っ込むとは思えないけれど」
ポリンに鹿之介はその艦体の外観から察した。シンフォニア号は炎の河を渡ってきた。
炎の河とは、銀河系の外に存在している、二重太陽ベスベラスに跨る炎の河を指す。
その規模は大きく、二つの恒星の距離は太陽系の規模を上回り、その間に引き寄せ合うように灼熱の炎を作り出している。
その強大な重力は独特の地場を作り上げ、周辺のあらゆるものを捕らえ、燃やし尽くす。
地球とイルミダスの宇宙戦争では、両国とは離れていたので主戦場とならず、その資料はあまり多くなかった。
ただし、トカーガ星はその近くにあり、この二重太陽を防御拠点かのように利用しており、その知識は多かった。
「あそこの二重太陽の重力は確かに大きいが、シンフォニア号の出力なら容易に越えられるはずだ。何かトラブルがあったんだろう?」
鹿之介の言葉をポリンは聞き流した。
ポリンは知っていた。あの炎の河は特殊な磁場が発生し、生体反応に反応し引き寄せる、ただの重力ではない。
それを降伏したとはいえ、敵である鹿之介に伝える気はない。
やがてシンフォニア号は叩きつけられるように不時着した。
車を再び走らせる。
そばに付けると、鹿之介、フィーナの2名は降りて、ポリンはそのまま基地に戻る。
「隊長、せっかくだから何か買っていったらどうだい? この艦はトカーガで行商をしていたんだ。故郷のワインでも買っていったらいい」
「せっかくだけど、止めておくわ。商売ができる雰囲気ではなさそうだし。それに私一人だけ買い物をしていたら、皆に合わす顔が無いわ」
「しっかりしているんだな。俺達が負けたのも分かるか」
「私が勝ったわけではないわ」
苦笑いを見せるポリン。
そこに一人の影が。
「誰!? 悪いけど店を開けるのは時間がかかるよ!」
声がする方へ3人が顔を向ける。
ポリンが一瞬、ビクっとする。
小柄な女の子がいた。黒いマントに同じく黒い、先のとがった帽子。マントの下には灰色を基調としたカーディガンを着用していた。
おとぎ話に出てくる"魔法使い"そのものだった。
逃げるように車を走らせるポリン。
「ラピス! 久しぶり!」
鹿之介が手を振る。
「久しぶりだね。鹿之介も相変わらず汚いね。競輪乞食は卒業しなきゃ!」
「まあ、今日限りさ」
「そのようだね」
「紹介しよう。こちらがトカーガのって?」
「帰ってしまったようですね。慌てていましたよ」
猛スピードで走り去るポリン。
鹿之介とフィーナが顔を合わせ、苦笑する。
フィーナとラピスは簡単に自己紹介をすると、鹿之介は要件を伝える。
それは、艦の主、クリフ・クラウドと会う事だった。
ラピスは腕時計を操作する。目の前に電子モニターが展開され、指でなぞって操作をする。
「クリふぅ〜、お客さんだよ〜」
ラピスの暢気な声を聴きながら、鹿之介は気持ちが落ち着くと思った。祖国へ帰ってきた気がする。
野太い男の声が聞こえる。クリフだ。
「俺は店に出られん、修理で離れる事が出来ないんだ。レティと2人で対応してくれ」
「鹿之介の大事な話だよ」
「何、鹿之介が来たのか。一人か!?」
「連れてきたのは美人さんというか可愛いというか、鹿之介と不釣り合いな女性が1名」
(不釣り合いで悪かったな)
鹿之介は心の中で毒づいた。
でも本当に不釣り合いだ。このご時世でなければ、一生、口を利くどころか名前を覚える事も無かっただろう。
「鹿、鹿!」
「クリフが呼んでるよ」
と、ラピスは電子モニターを反転させ、鹿之介の方に画面を向ける。
戦時中以来、顔を合わせていなかった友の顔がった。
クリフは相変わらずの愛嬌のある顔を見せた。
お互いの環境が大きく変わったのが、お互いに見て取れた。
行き場を失った鹿之介は見苦しい乞食に身を落とし、国を失ったクリフは苦労と疲労を重ね、老け込んで見えた。
「クリフ、頼みがあってきたんだ。物資を都合してほしいんだ。ちょっと多くなるんだが。」
「そうか、間に合ったな。しかし、いい所に来た。すぐそっちに行く!」
艦尾のハッチを開けて入る。
入るとあまり片付いていない格納庫に、クリフはテーブルと椅子を置く。
客二人にラピスを座らせ、自分も座り、早速、切り出した。
「丁度いい所に来てくれた。俺も鹿に話があったんだ。
しかし鹿がその人を連れてくるとは思わなかったなぁ。」
クリフの目がフィーナを見る。
「ごきげんよう、陛下。祖国の為の精力的な活動、いつも尊敬しておりました」
「クリフ・クラウドだ。クリフと呼んでくれ。もう、国王じゃないんだ。
それと、俺のしている事は焼け石に水さ。商船団が組めればいいんだが、イルミダスの許可が下りない」
クリフのざっくばらんとした態度に、フィーナは戸惑いを見せた。
「陛下、先の大戦では我が祖国が」
吐き出すような口調で言うフィーナ。
いてもたってもいられない。言わねばならない。
夫の裏切りと敗戦。その責任を誰よりも強く背負っていた。
その言葉はクリフに遮られる。
「その話は止めよう。もう終わった話だ。それと俺は国王じゃない。
ついでに言うと、君も王女ではない。その話を忘れてはいけないが、常に意識する事は無いだろう。
その背負っているものを降ろして、これから"どうやって生きていくのか"肩ひじ張らずに考えないと、死んでしまうぜ」
「陛下、私はスフィア王国の王女としての矜持を捨てるわけにはいきません。
他者から後ろ指を指され続ける事となっても、すでになっていますが、私は捨てる事は出来ません」
「ううん、君は相変わらずだ。こんな立派な王女様がどうして、鹿之介と行動するのだろう。何があった?」
二人で乱闘を起こしてからの顛末を聞くと、クリフは大笑いした。
会話の途中で参加者が増えた。シンフォニア号でクリフと一緒に活動している女性、レティシア。
レティが運んできた茶菓子を摘まみながら、話は盛り上がった。
フィーナに酒瓶で殴られ沈んだ兵。二人を取り囲んだ兵に襲い掛かる他の地球人。
またジークの店が滅茶苦茶になったと聞くと大きく笑い、腹を抱え、ドンドンとテーブルを叩いた。
「あいつはアコギなことやってるから、多少は痛い目を見たっていいさ。いやぁ、久しぶりに笑ったわ」
そしてクリフはチェン酒を胃袋に流し込むと、笑いを止めて二人を見る。
「とりあえず、王女様は隣に置いといて個人で渡り合うべきだと思う。
特に鹿、気遣うのは良いが、一々姫殿下などと呼んでまるで従者だ。いつから二君に仕えた?」
「立場が何もかも違う。こうするしかないと思っていた。」
「確かに違うが、今では変わらんよ。この先、地球にしろ宇宙にしろ、生きていくのに王の誇りは邪魔だ。捨てろとは言わない。隠しておけ。そしていつの日か、取り返した時に身に纏うんだ」
一同、言葉が出ずに黙る。
この先の事を考えると、どうしても重くなってしまう。
フィーナにもやる事はある。月へ帰って父母の無念を晴らし、王家を取り返す。
どう考えても出来る話で話ではなかった。
「今日ここに来た俺達は仲間だ。気軽に名前で呼び合おう。友人のように」
クリフはフィーナを見る。戸惑いの表情が見て取れた。
「すみません、友人というのが私には…。どのように接すれば…?」
「そうか、君は箱入りのお嬢様でもあったな。では学友と思ってはどうだ? 教育機関には仲の良い生徒はいただろう?」
「専門の教師がいて、学び舎に通うという事が…」
クリフは天を仰いだ。
簡単に聞いてはいたが、こりゃ本物の箱入りお嬢様だ。
鹿之介はこの女性を使いこなせまい。現に"お気遣いをしている従者"だ。友人として止めるべきだろう。そして、お前がすべてやれと言うしかない。
「アンタ、本当のお嬢様だったんだな。世間知らずだから、口の達者な男にいいように騙されて、全部を持って行かれてしまうんだな。鹿之介、大丈夫か?」
「クリフ!」
「まあいいか、今更言ってもしょうがないしな」
鹿之介がクリフに怒る。一瞬、場が緊張するがクリフも鹿之介もそれ以上、言葉を続けず、黙る。
クリフは今の一言に、危うさを乗せて伝えたつもりだった。
彼女は優秀だ。しかし、今後の無法ともいえる過酷な生き方が出来ると思えない。クリフは友人として、何をするにしても彼女には荷が重いのではないかと伝えたつもりだった。
しかし、友の思いは半分も通じていなかった。
世間知らずでもこれから知って行けば良い。鹿之介は本当にそう思っていた。
「私は世間を知ろうとして昔、王宮を抜け出して下町に住んでいた事がありました。フィーナさんも仕事以外で王宮から出た事はあるのでしょう?」
レティシアの言葉に皆が振り向く。
フィーナは頷く。
「今から六年ほど前に、地球と月の友好の懸け橋になればと、ホームステイをした事があります。期間は三か月ほどでしたが」
「それなら学校にも行ったことがあるんじゃないですか?」
「はい、その三か月だけ」
「それなら、その時に出来た仲間のように私たちと接してください」
「そうですね、努力しします」
レティシアの言葉にクリフが続けて言う。
「あともう一つ。君はスフィア王国王女であることを隠すんだ。いいか、決して名乗るんじゃないぞ。
この先の地球人居住区でスフィア王国の名前を出せばただじゃ済まん。
鹿はわけあって乞食をやっていて、居住区での付き合いが無かったんだろう。だからスフィアの姫殿下などと呼んじまう。
いいか、スフィア王国の裏切りで破滅し、憎んでいる者は山ほどいる
そういう意味では今日、ここで会えたのは運がいい。身なりも変えられる」
それほど、この名が憎まれたのか。フィーナは視線を落とした。
イルミダス兵からも軽んじられ、地球人からも憎まれる。
どこにも居場所が無かったのを、改めて感じた。
シンフォニア号の通路を鹿之介がフィーナを連れて歩いていく。
二人は各々、工具箱を持っていた。
艦の損傷個所でクリフが苦戦していた部分を修繕にいくのだ。
鹿之介は駆逐艦の副長をしていたが、本職は造船所の技師で建造や補修。さらに図面を引く、いわゆる設計の仕事も出来た。
もっとも、すべてが万能に出来る天才ではなく、どれも"そこそこの仕事ができる"器用貧乏というモノであったが。
修理の要請を二つ返事で引き受けた鹿之介はフィーナに言った。
「人は見かけによらないだろう?」
これはコメントに困った。
所々、鹿之介は説明をしていくのだが、作業の説明というより、艦の説明をしていた。
動力がこのように伝達していているので、制動をかけるタイミングに癖がある。
艦内重力はブロックごとに利くようにしてある。
外部は極めて堅牢に作っているが、内部は驚くほど柔らかい。だから、隔壁の使い方が白兵戦のカギを握る。
艦の運行方法を教えているようだ。
話すことが他にない、これが軍人のサガなのだろうか。フィーナは心の中で苦笑したが、すぐに考えを改めた。
為にならないわけではない。いずれにせよ行き場のない自分はこの艦で厄介になるのかもしれない。
ひょっとしたら鹿之介は、自分の身柄をクリフ元国王に託すつもりなのかもしれない。
だとすれば、この艦の事は知っておいた方が良い。フィーナは説明が始まると真剣に聞き入った。
故障個所に到着すると、回路中継器の動作試験に取り掛かる。
「おそらく駄目だろう。コイツが焼き切れてかつ、周辺の電線も駄目なら、クリフが匙を投げるのも分かる…」
鹿之介は器具をあてがいながら動作試験に入る。
案の定、反応が無い。他の場所も調べなければならない。
「フィーナ、君はこの器具を持ってあっちに行き、ここと同じマークがついている部分を取り外して、ここと同じ状態にしておいてくれ。俺はそっちの状況を把握したら、すぐに向かう」
「ええ、分かったわ」
故障個所をチェックしながら、修理を行う。
艦長が駄目だと匙を投げたものを修理する。気の遠くなる作業が始まった。
ポリンが送ってくれたのは夜明けそのものだったが、これは昼を過ぎても終わらないかもしれない。
日中、クリフが食事の差し入れをしてくれた他、二人は黙々と作業を続けた。
外ではなけなしの物資を求めてくる地球人に商売を行う。
これは商売であって援助ではない。
困窮をしている地球人とのトラブルはつきものだった。
乱暴をしてでも食料を奪おうとする者に実力で立ち向かう事もあったようだ。
夜も更けた頃、修理は終わった。
パーツが足りない状態なので本国に帰る必要があるが、艦を普通に動かし航行は可能となった。
強襲揚陸艦という最前線で戦うこの艦は部品がば申し分ないが、足りなくても運行は出来る、タフに設計されていた。
無論、プロミネンスの炎の河をもう一度渡るようなマネは出来ないが。
これでクリフは商売をしつつ本国へ帰ることが可能になった。
本国のシンフォニアは土星の衛星タイタンになる。普通に航行出来る距離だった。
「恩に着る。直らなかったらイルミダス軍の接収される危険性もあった。本当にありがとう。ディナーは奮発させてもらうぞ。トカーガ産の牛とワインでリッチにやろう!」
クリフは上機嫌でいた。
艦尾ハッチから表に調理台やテーブル等を出し、並べる。
肉を焼きながら鹿之介はフィーナに向く。
「フィーナ。俺がこれから、何をしようとしているか今から話すよ」
「私にも関係がある話ね」
「そう。嫌なら断ってくれていい。難しい話なんだ」
「はぁい、ワインを開けますよ〜」
レティシアがグラスを配り、注がれる。
乾杯の音頭をクリフが取ろうとした時、遠くから爆音が聞こえてきた。
「無粋なお客さんだ。鹿之介の話はまだ先延ばしだな」
「この艦が狙いだろうな。相手次第ではやるぞ、クリフ…!」
「すまないな。レティ、戦闘用意だ」
「はぁい!」
レティシアがハッチに入ってゆく。コスモライフル等、武器を取りに行くのだ。
眺めていると、イルミダス軍の兵員輸送車両数台だった。無頼な地球人ではないようだ。
戦うわけにはいかない。
クリフはレティを呼び戻すと、イルミダス軍を待った。
焼かれている肉が良い香りをしているが、誰も食べる気にはならなかった。
やってきたのはイルミダス軍ではなく、トカーガ軍の兵士だった。
女隊長のポリンが率いる陸戦隊。見た目は歩兵だが、ポリンの直轄部隊とはキャッスルメイン星団区の艦隊戦でもやりあって実力のほどは知っていた。
「この艦は私達が接収するわ!」
先頭に立つポリンは、クリフに言う。完全武装のトカーガ兵が五人を囲む。
幾多の修羅場をくぐってきたクリフは、歩兵の銃口を向けられても物怖じしない。堂々とポリンに向かい立った。
「不時着申請はして、許可を得ている。照明設備を見ての通り、修理も終わった。ちゃんと飛び立って帰るさ」
「そういう問題ではないの。大人しく、艦を引き渡してくれないかしら?」
にらみ合う二人。そこにフィーナの怒声が響き渡った。
「ポリン、貴方はどこまで腐っているの!! そこまでしてイルミダスの犬になりたいというのかしら、卑怯者!」
フィーナには許せなかった事がある。
同じように祖国の誇りを背負って戦い抜く戦士であるポリンが、あの地獄のキャッスルメイン星団区で戦い抜いた戦士が、こうまでして敵の犬になり下がるのか!
大人しいお嬢様と思っていたクリフは驚きの表情を見せ、鹿之介は我が意を得たりと微笑を浮かべていた。
たじろくポリンの背後から、女性兵士が飛び出してきて、フィーナの前に立つ。ヘルメットに長い耳のようなものがついている。珍しい受信装置だとフィーナは思った。
「違うんです、ポリン師匠は卑怯者ではありません!ただ、私達は故郷に帰りたいのです!」
「やめなさいクルチャ、彼女らに言う事ではないわ!」
「やはり、トカーガは滅ぼされるのか!?」
ポリン、クルチャ、フィーナが振り向く。言葉の主はクリフ。彼は貿易の為にトカーガに行き、何かを知って大急ぎで地球に帰り、その途中で炎の河を強引に渡り、艦を故障させたのだった。
「トカーガ星のイルミダス駐留軍が徐々に増強されていた。何かと理由をつけて逮捕されるものが多く出ていて、トカーガ人に生気は無くなっていた。何かあると思っていた」
「その通りです。イルミダス本星は役目の終わったトカーガ星を滅ぼすことに決めました。だから、私達は帰りたいのです。故郷に帰って家族や仲間と主に死にたいのです!」
「そうか、それでこのシンフォニア号が欲しいのだな」
クルチャの言葉を聞き、クリフがうつむいた。
しばし考えると、顔をあげてポリンを見た。
「いいだろう、持って行け。どうせ鹿之介が修理しなければ廃艦だった」
「クリフさん、それではシンフォニアへの支援は…?」
「今の話を聞いたら、な?」
「そうですね…、そうですよね」
残念がるレティシアだが、表情は明るかった。
ラピスは焼肉を皿に移して、さらに焼き続けた。
「それは駄目だ」
鹿之介の言葉に、皆が振り向く。
「どのような理由であれ、シンフォニア号をポリン達が使えば、クリフは自由貿易人の資格を喪失する。それだけで済めば良いが、恐らく、シンフォニア本国にも何らかの影響があるはずだ。トカーガには別の艦で行こう」
「別の艦? どこにそんなものがあるのかしら!?」
フィ−ナの言葉に、鹿之介はヒヒヒと、特徴的な声で笑いながら答える。
「あるんだよ、艦が…!」
「鹿之介、貴方は…?」
「俺はずっと待っていた。乞食の真似をしながら俺の、いや俺達の艦を動かす日を。操艦を任せられるキャプテンと出合えるのを…! フィーナ、今一度、あのキャッスルメイン星団区の戦いのように、俺達の艦を操ってはみないか!?」
「鹿之介、貴方って人は!」
フィーナは不敵な笑みを見せる鹿之介を凝視する。
今のままでは何も出来ない。月へ帰る事どころか、地球の大地から離れる事すらできない。
居場所すら無いのだ。
どのような艦かはともかく、戦う機会が与えられた。
勿論、単艦でイルミダス軍と真っ向からぶつかって戦えるものではない。しかし、いつかは仲間も増え、望みを果たす時も来るだろう。
「貴方の艦。いえ、私達の艦で今一度、戦って見せるわ」
「ああ、きっと受けてくれると思っていた」
鹿之介とフィーナが握手をする。その上にお互いの左手が重ねられた。
お互いが頷くと、ポリンは言った。
「これはトカーガの問題なの。その艦、私達に使わせてもらえないかしら?」
「それは出来ない。あの艦は俺達の独特の発想も使われている。知らない者では使えない」
ポリンの背後から、一人の老兵士が姿を見せた。
老兵士はフィーナや鹿之介に一礼するとポリンに向いた。
老兵士はザジと名乗った。
「どうだろうポリン、この方達にトカーガの事を頼んでみては。それに自分がトカーガを代表して乗り込もう。」
「そ、それでは…?」
「なぁに、老人が一人、演習中に心臓発作で急死したことにしておくんだ。イルミダス司令部も、老兵士一人の急死など歯牙にもかけぬ」
決めかねるポリンに、クルチャが詰め寄る。
「ポリン師匠! 私、クルちゃんも行きます!師匠の名代です!」
ヘルメットに取り付けられた長い、耳のようなものが動いて見えた。
可動式の受信機なのだろう。フィーナは深く考えなかった。
「それはいい、ワシとクルチャが駆け落ちだ。ポリンはそれを追って兵を出したが、二人は川へ身投げした。どうだポリン?」
「冗談ではないわ。それにこれは…、私達トカーガの問題よ。地球人には関係ないわ…!」
歴戦の勇士、ポリンは強情だった。
どうしても自分で戦いたいのだろう。
トカーガ兵のやり取りを眺めていたクリフが一歩前に出た。
「そこの鹿之介が自分の艦を出すと言っている事。これはすでにトカーガだけの問題では無くなっている」
皆がクリフを見る。
一呼吸おいてクリフは続けた。
「ポリン達が出動したら、恐らく、到着する前にトカーガは灰燼と化すだろう。すでに準備がされているんだ。しかし、ポリン達が何もせずに地球に留まっている場合、予定が早まる事は無い。鹿之介が艦を出航させたところで、それがトカーガ救援に行くとは誰も思わない。大方、地球から逃げ出したとしか思わないだろう」
クリフの言葉にザジが続けた。
「トカーガを助けるにはポリンが今は表立って動いてはならないわけだ」
クリフは頷く、そして
「何もしないわけじゃない。地球には助けを求めているものが多い。ポリンはイルミダスに忠誠を尽くす振りをしながら、地球人を助けてほしい」
ポリンは俯いた。
故郷に帰られないだけではない。自分に出来る事が地球にあった。それも望まれている。
個人が思い思いに戦っていても、それは自己満足でしかない。
強大な敵に協力し合ってこそ、初めて満足に戦っていると言えるだろう。
ポリンの様子を見るともう一息か、フィーナがポリンに言う。
「先ほどは心無い事を言ったわ。許してくれるかしら。ポリン、イルミダスは強大よ。バクテリアのように相手に侵食してその力を削ぐ。私達はトカーガのバクテリアになってイルミダスと戦うわ、。貴女に地球を頼みたいの」
俯いたまま、ポリンは一歩、二歩と歩き立ち止まった。
嗚咽をするように、言葉を絞り出す。
「私は犬よ。イルミダスの言いなりになって戦うだけの犬でしかないわ。それでも故郷では妹が私の帰りを待っている…。再建が進まぬ瓦礫の中で、トカーガを助けてと妹が泣いている…」
皆が見守る中、ポリンは顔を上げた。
そしてフィーナを見つめ、
「トカーガへ行って頂戴! 行ってトカーガを、皆を助けて頂戴!!」
吐き出すような言葉を口にし、その目からは涙が伝っていた。
横からポリンの肩を叩くものがいる。鹿之介だ。
すっかり涙ぐんで、ポリンを見てはうんうんと、何度も頷いている。
「ありがとう、私の話を聞いて泣いてくれたのは貴方だけだわ」
話がまとまると、クリフやレティシアがグラスを配っていく。
グラスにはトカーガ製のワインが注がれていく。
ワインではなく、発泡酒を望む者には、パトリシアソーダという希少品が振舞われた。
フィーナ、鹿之介、ポリン、ザジ、クルチャが円を組んでいた。
ポリンがワイングラスを右手に持ち、斜め前に突き出し、
「ゴーラム!」
と言った。
「ゴーラム?」
「本当に信じあえる友に、そして真の勇気ある戦士とお酒を飲み交わす時の言葉よ。」
フィーナは頷くと、
「ゴーラム!」
と、ポリンと同じようにグラスを突き出す。
それに鹿之介、ザジ、クルチャが続く。クリフやトカーガ兵らも続く。
「ゴーラム!」
「ゴーラム!」
「ゴーラム!」
グラスを飲み干したフィーナとポリン。
「トカーガは任せて頂戴。地球の事をよろしく頼むわ」
「地球の皆は私達が守って見せるわ。トカーガの皆を、妹を頼むわね」
戦士の約束。
互いの大事を託し、死ぬと分かっている戦場に身を投じる。
フィーナは単艦で出撃し、惑星を滅ぼそうとする軍勢に立ち向かう。
ポリンは自分たちが滅ぼされるのが分かっていながら地球で地球人の為に戦う。
グラスを開けながら、戦士達はさらなる過酷な戦いに身を投じる勇気を高め合っていった。
クルチャとザジはシンフォニア号に残り、ポリンは部隊を連れて帰隊する。
クルチャとザジについては、駆け落ちをした為に行方不明。
翌日も捜査の為に、ポリンが部隊を率いて地球人居住区へ出動する事に出来た。
ポリンとしてはうまく事を運べたことになるが、地球占領軍司令官、ゼーダはこれを不審いに捉えていた。
結束の固いトカーガ部隊がここにきて乱れるとは?
トカーガ星を滅ぼす決定が漏れたのではなかろうか?
ポリンに監視がつくことになる。
鹿之介はフィーナを連れて、居住区にある自宅に向かった。
装備を整え直すこと、後は出動にあたっての取り決めをしておきたかった。
出航する艦には他に三名の男性がいること。
男性四名に女性一名でキャプテンが女性という、ともすれば男性同士の喧嘩が発生しかねない。
これについて、形だけでも良いので、艦の責任者である自分とフィーナが夫婦の間柄になってトラブルを未然に防ぐ話をする。
フィーナは考える。
男女の事なのでトラブルは何をしても起きる時は起きる。
狭い艦内で男性諸君の慰み者にされる事も考えられたが、少なくとも、イルミダスとの戦いにすべてを注ぎ、鹿之介が望んでいるのは女性ではなく戦えるキャプテンだ。
鹿之介がしっかりと統制を取れていれば余計な屈辱を背負う事は無いだろう。問題は他の男性だ。
他の男性乗組員の女性はどうするのかを訪ねると、鹿之介はトカーガ星をアテにしていた。
当初は地球人の意欲ある女性を連れていく予定だったが、出航まで時間が無い事、よしんば連れて行っても戦闘力が無い。
それならば救助先のトカーガで女性兵士と合流して乗り込んでもらうのが良いと。
確かにポリンの部隊にしても半数以上が女性兵士だった。前線がこれなら後方でも女性兵士ばかりだろう。
ポリンの名代として援軍に駆け付けてイルミダス軍と戦えば、一緒に戦う女性も多くなるだろうと。
フィーナはもう一つ尋ねる。
自分は最終的に月王国を取り返す。
その時に鹿之介は自分の王配として王国を支えてもらう事になるが、その覚悟はあるか?
鹿之介はしばし考えたが、「どのようになれば良いのか、これから学んでいこう。君の指導が欲しい。必ずモノにして見せる」と答えた。
満点ではないが及第点か。いや及第点ですらない。しかし当面はイルミダスとの戦いが先。どうしても時間はかかる。フィーナは鹿之介の取り決めを受け入れ、改めて共に戦う決意を固める。
話が決まると鹿之介は、ベルトにやや大振りのコスモガンと重力サーベルを持ち出してきた。
これは手製の武器で鹿之介がタイタンで作ったもので、伝説のコスモドラグーンを模倣したとの事。
「伝説の技師、大山トチローの戦士の銃を模倣する奴は俺以外にも山ほどいてね、こういうの珍しくはないんだ」
取り付けるとサマになった。
フィーナの銃は見ればシリアルナンバーが1と彫られていた。
鹿之介が元々、使っていたものだ。バランスが取れた良品だと。
これから鹿之介が使うのは3番。これは火力が強めで弾道の安定性が低い。
2番は重量が軽く作られていて、疲れないようになっていた。これは前大戦の時に大事な人にあげてそのままだった。
4番は早撃ちが出来るように調整されていたが、鹿之介自身が早撃ちが出来ず、よく分かっていない。タイタンの自宅に、弟が使うように置いてきた。
そして5番は器具を取り付ける事で特殊な使い方が出来た。これはポリンに渡そうかと思っていた。
銃と衣類の後に出てきた物にフィーナは驚く。
コスモコーティングされた分厚い古い本に赤い表紙。
書かれた文字は「我が青春のアルカディア」
フィーナの遠い先祖が書き上げた自伝だった。
「こいつは親父から受け継いだ俺のバイブルだ。忘れずに持って行く。しかし、親父の形見だけじゃなかったな、この本は」
裏に書かれたサインは本人の直筆だ。もう一筆あるのは、娘のものなのだと。
ポリンが見せた過去の映像にあった野中卓也が持っていた物になる。
フィーナは不思議な感覚に囚われた。
目の前の男と共同戦線を持つのは"なりゆき"ではなく、先祖がめぐり合わせたものなのか。
それとも先祖ではなく前世というものなのか。
答えは分からない。
翌早朝。
日の出と共にクリフが自動車で迎えに来る。
フィーナは暗いうちが良いと思っていたが、イルミダスの偵察隊は夜間に活発に動く。
太陽が出ると帰っていくのでそのタイミングで出動するのが良いとの事。
地球で暮らすなら覚えておかねばならないが、幸いにも住む事は無い。忘れて良い。
自動車の助手席にはザジ、後部座席の右奥にクルチャが乗っていた。
後部座席にフィーナが先に乗り込む。鹿之介が乗り込むと車は発進した。
「これはレティちゃんからだよ」
と、ザジが鹿之介に大きいタッパを渡す。中には目玉焼きが沢山入っていた。
苦笑する鹿之介にクリフがさも面白そうに言った。
「どうせ太陽は黄色く見えるだろう。強化目玉焼き十枚!今のうちに食っとけ」
「全く恩に着るよ。嬉しい心遣いだ。フィーナ、君もどうだ?」
「太陽が黄色いとはどういうことかしら?」
ぶほっと、鹿之介は吹きそうになった。
「まあ、目玉焼きを食いながら軽く目を通しておいてくれ。細かく読むのは後でいい」
鹿之介はカバンからこれまた分厚い本を取り出した。
それもアルカディアと書かれていた。
しかし、それは艦の名前だった。
"アルカディア号仕様書"と書かれたその本。
フィーナは本を受け取り、ページをめくる。
そこには艦の諸元表が記載されていた。
単純な大きさでは彼女が操っていた戦艦メロディアの倍はある。
質量、出力になると四倍はあろうか。
これだけの戦闘艦は他に類を見ない、地球本国艦隊でも、イルミダス第一艦隊でも見たことが無い。
「鹿之介、これを私が…?」
「ああそうだ、癖が強い艦だが君ならうまく操れるだろう。そして俺がいる。艦は君を受け入れる態勢が整っている」
「後は私が、艦を受け入れるのね?」
「大丈夫さ。俺達のアルカディア号だ。すぐに受け入れ、馴染むさ」
「期待に沿えるよう、努力するわ」
フィーナは強い自信を持った。
この艦ならば、数が多いイルミダスの大艦隊でも後れを取らず、思いのまま戦えるだろう。
しかし一隻だ。手数に限界がある。
何が何でもトカーガに辿り着き、ポリンの妹や仲間と合流しなければならない。
やがて車は瓦礫の街を進み、砕けた地下鉄の駅の前に停まる。
川名駅。ここが入り口だ。
四人は車を降りる。鹿之介は運転席から顔を出すクリフと握手をする。
「鹿、必要物資は土星の輪の中、デスシャドウ星に置いてある。忘れずに持って行けよ」
「何から何まで本当にありがとう。シンフォニア王国から受けた温情は終生忘れぬ」
「言っておくがタダじゃないぞ。イルミダスに勝ち抜け、そうしたらタダにしてやる」
「ああ、やってやるさ! 見ててくれ!」
軽口を言い合う二人の顔にはうっすらと赤みがさしていた。
巨大な帝星イルミダスの戦い。
太陽系連合が持てるすべての力を使って戦い抜き、負けて滅んだ相手と再び戦おうというのだ。
もう二度と会う事は無いだろう。
クリフは止めたかった。
勝ち目の無い戦いなど止めて、疲れ始めたラピスを支えながらシンフォニア号に乗って欲しかった。
しかし友の思いに応えねばならない。
そういう意味ではクリフの方が大人であって、やはり王なのだろう。
(鹿、死ぬなよ。夢破れても帰ってこい)
四人が飛び込んでいった地下鉄入り口に、クリフは敬礼した。
旧地下鉄の線路を五分も歩くと、目的の場所に着いた。
身分証を掲げ、セキュリティをクリアすると引き戸になっている扉が開く。
「地下鉄はエネルギー供給不足で機能不全になったと聞いてましたが、ここはエネルギーがあるんですね?」
クルチャが感心する。
「地下については、大空洞があるのではないかと学者が言っていた。あったんだな…」
ザジが続けた言葉に鹿之介は頷いた。
学者の言葉に興味を持ったゼーダは、確認と今後の為に、トカーガ星で掘削作業をしている専門部隊を早めに切り上げさせ、地球へ向かうよう要請した。
トカーガ星でこれを知ったクリフは鹿之介に伝えるべく、大急ぎで地球へ戻ってきたというわけだ。
鹿之介のキャプテン探しが長引き、発進が遅れれば、艦はイルミダス軍に接収されてしまう。
扉をくぐって先へ進む。長い通路、やや下っている。さらにセキュリティ付きの扉を三つほど進むと大きな広場に出た。
そこは巨大な空間だった。
サッカー場を何個も用意できそうな広場に様々な工作機械やクレーン、船台が見て取れた。
「ここは旧太陽系連合地球軍所属の造船ドッグ。わけあって一部の人間しか知らないんだ。見えるだろう、あれが俺達のアルカディア号だ」
四人が見下ろすと、濃緑色の巨大な艦体が見える。
重厚な艦体に艦首にはいかめつい雰囲気をもった、巨大な骸骨の装飾品が取り付けられている。
力強く構えた艦橋、戦列艦を彷彿させる艦尾。前大戦に参加した艦には見られなかった主砲。
「この艦は太陽系連合の切り札になる艦だった。強力無比な艦体構造を持つシンフォニア号を宇宙戦艦に改装していた。それを敗戦で放棄されたのを頂いて、伝説の宇宙海賊キャプテン・ハーロックのアルカディア号をモデルにして改装を施した」
説明しながらゴンドラの準備をし、乗り込む。
一基に付き二人ずつ乗り込む。
近づくにつれて、フィーナにはいいようもない勇気が湧き上がってくる。
イルミダスとの再度の戦い、そしていつかは月を取り戻す。たった一隻で出来るはずが無い。
だが正論な理屈など押しつぶして我が道を進む、そんな力強さを与えてくれる。
降りると乗降ハッチ前に四人の人影があった。
そのうち一名は女性でフィーナの知った顔だった。
簡単な自己紹介をする。
町村と名乗った男は43歳。本職は造船技師。艦内での工作、補給修理が主な仕事になる。
この艦は未完成のまま廃棄処分となる見込みだった。建造を続行しようと、鹿之介に話を振った人物。
以降、鹿之介のよき相談役であり協力者。細かい所に目が届き、若い鹿之介らより分別のある大人だった。
岸田は22歳。鹿之介の後輩でキャッスルメイン星団区の戦いでも同行。彼は村雨に続く春雨の砲術長をしていた。
若く正義感が強く、強引な所があるのは鹿之介に似ているのかもしれない。
彼の真骨頂は話術が巧みで交渉事に強く、地球人パルチザンとの連絡網も彼が担当していた。
最後の男は谷垣。31歳。逆境に強い人物で追いつめられるほど力量を発した。
今回の決起にあたり、監視役の地球人を斬ってまでして駆けつけている。彼だけは本当に帰る所が無い。
眼鏡な見た目が鹿之介に似ているように見えた。
女性はカレン・クラヴィウス。スフィア王国前女王の側近。
戦争終了後に月へ帰り、裏切者に一太刀浴びせようとするフィーナを押し止め、地球へ降るように進言した人物だ。
「カレン、貴方のおかげで命を捨てずに、こうして再び立ち上がる事が出来たわ」
「フィーナ様、滅相も無いお言葉です。しかし、これは想定外でした。私としてはフィーナ様は達哉君と合流して、自由アルカディアのメンバーに匿って頂く予定でした。迎えを出していたのですが、他の方に先を越されてしまいましたね」
「迎えがいるなんて思わなかったわ。連絡があれば待ったのだけれど」
「連絡はしたのですが、届かなかったようですね。きっとあの男が妨害したのでしょう。して、フィーナ様。私もこの艦に乗り込みます。見た所は信頼できる男性の集まりですが何が起きるか分かりません。護衛も兼ねて同行します」
「カレンがいてくれると心強いわ。よろしくね」
そこで鹿之介から艦の運行について簡単な説明をする。
ややこしいのが艦の保有者が鹿之介で、艦の指揮権はフィーナにある。
最終決定権はどちらにあるかと問われれば、フィーナだと。
夫婦となった以上は話し合い、うまく折り合いをつけてやっていける。
分かりやすく言えば操艦はフィーナが担当。補修は鹿之介が担当みたいなものだ。
自分だけ伴侶がいる問題については、ポリンの仲間を当てにする案を出す。
ザジが難色を示すと思ったが、むしろ逆で出来る限り艦に乗せてほしいと逆に頼まれる。
勿論、男性兵士も同じようにだが。
顔には出さなかったが、町村は少しばかりの落胆をしていた。
フィーナを連れてきたからではない。
鹿之介が自分で操艦しようと、自分がキャプテンにならなかった事を落胆したのだ。
しかし、こればかりは仕方がないか。
元々は土方総司令の子息をキャプテンに招く予定だった。
いくら探しても、どこにいるのか分からなかったのだ。
それにしても、スフィア王国の第一王女が鹿之介の誘いに応じてきたのはどうしたことだ。
余程に居場所で困ったのだろうか。
「全く、フィーナ様にはよく振り回されます。本編と同じですね」
カレンがため息をつく。護衛の意味が半分無くなった。
「本編って何!? クルちゃん気になっちゃった!」
目の前でブルンブルンと動くクルチャの耳に驚きながらフィーナは思った。
これは器具なんかじゃない。猫の尻尾と同じで繋がって生きている。
そして本編か。
そういえばこの前、自分のグッズが発売された時、作品名があいりすミスティリアになっていた。
それって本編ではないわよね。
「これは達哉君から旅立つフィーナ様への贈り物です」
カレンは持っていたアタッシュケースを開き、中のものを出す。
大きな厚めの布。黒い生地だ。
鹿之介、町村、岸田、谷垣の四名で広げる。
なかなか大きい。軍艦旗のようだ。
広がった旗は黒い生地に白色で大きく髑髏が描かれていた。
鹿之介のそばから、フィーナがまじまじと見つめる。
「まるで海賊ね…。どのような意味かしら?」
「骨になっても戦い抜く、戦士の心意気を示している…。」
「骨になっても…?」
「巨大なイルミダスとの戦いは途中で止めることは出来ない。勝つか死ぬまで戦う事になるだろう。達哉はそれを見越してこれを送ったのだろう。激励とも思うし、止めるなら今だとも取れる」
「ならこれは激励よ。戦い抜け、負けるなと達哉のメッセージね」
「そうか。それならこれは俺達のバトルフラッグにさせてもらおう。こいつをたなびかせて敵に突っ込む!」
「達哉に見せてあげたいわね」
四人が畳もうとした時、大きな笑い声が聞こえる。
皆が見ると、カレンが口に手を当てながら、こらえきれずに噴き出すように笑っていた。
「カレン、何がおかしいの!?」
フィーナが咎めるように言う。カレンの笑いは収まらない。
「いくら何でも男性が女性への贈り物に髑髏の旗は無いと思っていたら、ついつい。プッ」
ツボに入ったようだ。
岸田は腕を組み、苦笑いをしていた。
「確かにちょっと厳しいかもしれませんね。元ネタとそのまんまなんですけど」
「元ネタは幼馴染の女性が、北欧海賊の子孫に渡しているのだから筋が通ってるんですけどね」
「元ネタって言ってはいかんよ」
岸田、谷垣にたしなめるように言い、苦笑する鹿之介。
「女性から男性でも考えますね。松本ブーム全盛期でも現実には出来ません。やったら死ぬまで語られる…クック…プッ」
「現実にはやらんだろう」
松本ブームという言葉につられて鹿之介が笑う。皆もつられて笑いだす。
思えば松本ブームという言葉も歴史の一つか。
過ぎてく時間は怖くない、元ネタが通じないのが嫌なのです。
その昔、「別れも愛の一つだ」とトンでもない言い訳をしながら別れるカップルなどもいたか。
「自分が渡す、渡される所を想像してみるといいでしょう」
カレンの言葉で鹿之介は想像してみた。
出征の日に土方さんがくれる。いや、これは男から男だ。
学業最後の日に担任の結先生が、大事な話があると俺一人を校舎裏に呼び出して、コレを出す。
噴いた。
噴き出すと止まらなかった。
「貴方まで笑い出すと、私まで可笑しくなってくるわ」
フィーナがたしなめるように言うと、一緒に笑い出した。
この子は本当にいい子だ。助かる。こんな女性を裏切る月の国王はとんでもない奴だ。
皆で笑う。
「ヒ、ヒヒヒ、俺のネタに付き合ってくれた達哉に後で謝ろう」
「賛成ね!」
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