7 自由アルカディアの声




フィーナ達が地球を飛び立って一か月。
イルミダス地球占領軍司令部、総司令官ゼーダの元に二つの報告が届く。
ゼーダは一つ目の報告を見る。
地球人パルチザンと合流し、占領軍と交戦している、ポリン率いるトカーガ兵団についてだ。
巧みな薬物戦闘で占領軍を翻弄するポリンは非常に手強い相手だった。イルミダス兵の被害は決して小さくない。
そのポリンの使用された薬物及び弾薬量がどうも少ないようなのだ。
いよいよ物資が欠乏したのだ。
当然、完全に無くなったわけではないだろう。それでも節約せねばならない状態には違いない。


また、パルチザンの中心人物にされている自由アルカディア放送の声の主。彼が追い込まれている状況でもあった。
イルミダスへの惜しみない協力を申し出ている地球首相トライター。彼は報告書に、「次こそは自由アルカディアの声の主を殺してみせる」と書いていた。
ゼーダは報告書を置いた。
自由アルカディアの声の主を殺せなどと指示した覚えはない。
声の主を探せ、誰か突き止めろ。人物が分かれば利用の仕方もある。と指示して幾度か口頭でも伝えていた。
トライターはゼーダの考えを理解しなかったのだ。


二つ目の報告書を手に取る。
一か月前に地球を脱出した宇宙艦についてだ。
その宇宙艦は司令部前の第一宇宙港直下の大空洞で建造されており、大胆不敵にも宇宙港を突き破って飛び立っていった。
誰が乗っているのかも分からなかった。
さらに太陽系内部での追撃戦でも失敗。まんまと逃げられた。
報告書の送信元は帝星イルミダス第三艦隊。
第三艦隊はトカーガ星を攻めるべく、1300以上の艦船数を保有している。
半数は輸送補給艦だが、それでも機動部隊を複数保有し、打撃戦隊も拡充されていた。
宇宙艦はその第三艦隊に襲い掛かかってきた。その宇宙艦は強力な戦闘力を持っていて単艦よく戦った。
トカーガ星の各所に分散された第三艦隊は各個撃破され、北半球はトカーガ軍に制空権を取り返されてしまった。
艦体構造が堅牢に出来ているらしく、体当たりもしてくるという。
イルミダス期待の新鋭戦艦、ナーンフレグ級三番艦サイレンスズヤは宇宙艦に対し全力のT字砲撃をかけたが、そのまま髑髏の艦首に突っ込まれて姿勢制御を失い墜落。乗員全員戦死という悲惨な結果が出ていた。
墜落させた後、宇宙艦は何事もなかったように飛び回って、残ったイルミダス艦につるべ打ちの砲撃をかけていたという。
これだけの戦闘力がある宇宙戦艦ならば、ゼーダが取り逃がすのも仕方がないと、皮肉が添えられていた。




最終的に人口が多く、首都のある南半球を制圧した第三艦隊が、惑星破壊ミサイルを発射。
北半球側は七割以上が撃ち落されたが南半球は全弾命中。惑星そのものの破壊には辛うじて成功した。
宇宙艦についてはトカーガ軍との交信記録から分かった事が書かれていた。
宇宙艦の名前はアルカディア。所属は太陽系連合。
艦長はフィーナ・ファム・アーシュライト。所属は太陽系連合スフィア王国。
副長は森川鹿之介。所属は艦長と同じ。
フィーナはポリンというトカーガ人と盟約を結んでいる模様。
他四名にトカーガの陸戦隊が直接、40名ほど乗り込んだ模様。
またこの艦に付き従ったトカーガ艦は多数あり、大型艦を含む30隻あまりが脱出に成功していた。




ゼーダの顔が主に染まる。してやられた…!
フィーナが艦を用意出来るはずがない。彼女は月王国の女王候補者にして夫は太陽系連合から裏切り者の烙印を押されている。
夫と決別して他人になった。キャッスルメイン星団区の戦いで戦果を挙げ帰ってきた優秀な指揮官だ。といって、月王国の王族に軍艦を用意する組織などは無い。
用意したのは鹿之介個人か。
戦死した父は宇宙軍将校。本人は造船官出身の宇宙戦士。徹底抗戦派の人物で決戦兵器の建造(これを密かに作っていたのだろう)に関わっていたということで要注意人物の一人だった。
鹿之介は戦後、婚約者と物別れになった後は乞食に身を落とし、無気力な生活を送るようになった。
拾った金で女を買おうとしては蹴り飛ばされ、寝転がっている所をイルミダス人(しかも元婚約者の新しい男)に唾を吐かれても笑っていたという。
惨めな姿に幻滅し、ゼーダは調査を打ち切った。こんな人物は山ほどいた。
鹿之介もまた、未来を喪失して死ぬ為に生きている地球人となった。ゼーダはそう思っていた。
とんでもない誤算だった。





続きには地球から送られた義勇軍について書かれている。
この地球人で構成された義勇軍はトカーガ星と一緒に消滅するはずだった。
義勇軍の司令官は仁礼栖香という若い女性で、巨大財閥の総帥になったばかりだ。
総帥たる人物が艦隊を率いるのは責任感以上の問題、なり手がいなかったようだ。
思えば真面目な彼女は不幸な人物でもあった。
地球を守る為、前大戦では駆逐艦村雨の水雷長として乗り組み、地獄の戦場を戦い抜いた。
そして戦後は地球を守る為に実家の財閥をあげて、イルミダスと協調する道を選ぶ。
その結果、婚約者と決裂し、財閥の一部は袂を分かち去った。
それでも彼女はこれが地球を守る為だと信じていた。
イルミダスとの繋がりを強固にする為に、イルミダス人の婿を迎え入れる決断まで下した。
彼女は自らを犠牲にしてでも地球を守ろうとするその姿は、ゼーダは高く買っていたが、同時に憐れんでいた。
同じ「地球の為」でもトライターとは違う。そして、きっと彼女はどこかで破滅するだろう。



彼女の心意気を買い、彼女とその財閥と強調するイルミダス人は複数いた。
その中で彼女が望んだ人物がイソラという若い将校だった。
ゼーダは困った。彼は確かに良い人物だが引き抜かれてはゼーダが困る。
結局はイソラ本人まで望むのでゼーダは認めた。
正義感の強いイソラは栖香と意気投合し、財閥の立て直し、地球イルミダス間の強固な結びつきを作らんと奔走した。
その結果がこれだ。
義勇軍派遣。
そしてその義勇軍はトカーガ星と消滅させるという本国の決定。
イソラが交渉できれば義勇軍は生き残れるが…、恐らくは駄目だろう。
その場合はイソラを始め、複数のイルミダス人を救助してくれれば良いが、それはイソラが望むだろうか。
同胞ではないといえ、妻を見殺しにして生き残る発想などイソラにはない。
将来が期待できる優秀な男がこんな形で死んでいく事になる。
ゼーダは続きを読んだ。



義勇軍は逃げるアルカディア号を追跡。猛烈な砲撃を繰り返しながらトカーガ星を脱出。
その後第三艦隊の合流命令(義勇軍には出していない。死守命令が出されていた)に従って追跡を中断。
第三艦隊司令は、本来ならば持ち場を放棄した事を責めるべきだが、協力無比な敵と戦闘を続行した結果であるので仁礼司令を誉めるしかなかった。
その栖香はいきり立っていたという。「鹿之介とフィーナの二人のアルカディア号は次こそ沈めて見せます!」
ゼーダには予想できた。
二人は死を命じられていた栖香を、地球人を助けたのだ。
何を言ったのか分からぬが、恐らく挑発して、死守命令を放棄させてまで自分たちを追撃させた。
人の命をただ奪うだけの戦場において、命を救ってゆく。
(戦場はこうでなければならぬ)
久しぶりに熱いものに触れ、少しばかり溜飲が下がる。
後に送られてくる、イソラからの報告でも分かる事になる。
「地球の無法者に命を救われた」と。




報告の最後にはアルカディア号について何も心配はいらないとある。
アルカディア号は残存トカーガ艦隊を、二重太陽ベスベラスを大きく迂回させ逃がす為に、第一艦隊、第三艦隊に挑んできた。
ゼーダは目を剥いた。(第一艦隊だと!?)
他星系への攻撃の為に出ていた第一艦隊が反転してトカーガに回ってきた。
それだけ第三艦隊が苦戦したという事だろう。
そして第一艦隊は地球を目指していた。地球占領軍の増援だと。
地球占領軍司令官として赴任している自分は解任され、第一艦隊の指揮下に入るのだと。
怒りをこらえて続きを読む。
挑んできた後、アルカディア号はそのまま砲戦に入らずに反転。ベスベラスの炎の河に飛び込んだ。
そしてそのまま川に翻弄されながら突き進み。やがて、エネルギー反応が尽きた。
溶けたと見て間違いない。
強力な宇宙艦とは言え、40名以上の人間の生命反応があれば越えられない。
トカーガから地球への最短コースには違いないが、いささか無謀だった。
第一艦隊司令は「惜しい艦を亡くした。是非に戦いたかった」とコメントを残していた。



ゼーダは考える。反応が消えたのなら確かに消滅したのだろう。
本当に消滅したのだろうか。報告書を置きながら思う。
二重太陽ベスベラスの炎の河。地球人は宇宙のスタンレーと呼び、絶対に越えられない前人未到の山脈に例えていた。
「スタンレーか…」
ゼーダの目が一冊の本に注がれる。
フィーナが大事に抱えていた本と同じものだ。
わが青春のアルカディア。
ポリンからの報告を思い出す。フィーナと鹿之介の先祖がスタンレーに飛び込んでいったことを。
「奴らは地球へ帰ってくる。必ず帰ってくる。あのアルカディア号と、どう戦うか…」





アルカディア号はその炎の河を渡っていた。
頻繁に変わる磁場、灼熱の炎、横殴りの火砕流。炎と火砕流は、広範囲に影響を及ぼす、ベスベラスの重力によって巻き込まれたものによって形成されていた。
質量が大きな火砕流は容赦なくアルカディアに叩きつけられ、艦体はその都度、横転し推力を低下させた。
濁流に巻き込まれた木の葉のようだった。それでも艦は炎の河を渡って前進していた。
宇宙座標を見る限り、あと二時間もあれば突破できるはずだ。
しかし、淵に近づくほど、艦を捉える力は強くなり、前に進まなくなる。
ベスベラスの片方、アルファ星と呼ぶ方へ引き寄せる力が強くなっていた。
アルカディア号の損害も出ている。一部機関や推進器等のトラブルが発生している。そしてこれ等を補修することはできなかった。
「二時水平方向、磁場マイナス10。十時方向に新たな地場出現プラス15…」
アルカディア号周辺の磁場を観測し、フィーナに報告する。
他に谷垣が行っている観測データも照合する。
データが出ても正確な航路はあって無いようなもの。
限られたデータから進路を定めるのは至難と言える。
それをやってのけるフィーナに鹿之介は感動を覚えていた。
(思った以上の実力者だ。いや、どえらい人物を据えた。人選は間違っていなかった)
フィーナにキャプテンを任せることについて、鹿之介は一抹の不安があった。
わずかな男仲間だけで船出をするのに、指揮官は自分の連れてきた女。しかも女は一人。女の補充が見込めるとはいえ、統制が取れなくなる恐れが普通にあった。
居場所を無くしてしまう恐れもあったが、この航海で彼女は居場所を実力で作り出した。
心配の必要はない。フィーナを信じ、アルカディアを任せるのみだ。
フィーナにしても感動を持っていた。
絶望の淵で野垂れ死にするかもしれない状況から一変して、大艦を任せられる。
今一度、実力を振りかざして望みを果たさんと立ち上がれた。
困難に打ち勝つ、信頼できる仲間たちがいた。
フィーナは期待された実力を示し、イルミダスの艦に勝つだけではない。この炎の河を渡り切って見せる。
誰にも負けんばかりの闘志を燃やしていた。





今までは生命反応で強弱の変わる磁場を観測すれば航海出来た。
しかし、淵まで辿り着くとベスベラスの重力を振り切る力がさらに必要となっていた。
そして今のアルカディア号にはその力が不足していた。
操作パネルを触りながら鹿之介が振り返る。
「フィーナ、炎の河を渡りきる事は出来ている。しかし、このままではベスベラスの重力を振り切ることが出来ない。今一度、エネルギーを集めて強引に推力を得て突破しようと思う」
「どうするのかしら?」
「まず、総員に宇宙服を着用させよう。船内温度2000度まで耐えられるようになる。これで艦内の冷却エネルギーを推進エネルギーにまわす。あともう一つ、それが極めて危険だ…」
言葉を止め、一息入れる。
「進路をアルファ星に向けて進む。その引力を利用して加速してジャンプするように振り切る。絶妙なかじ取りが必要だ」
「アルファ星の引力を利用するのは私も考えたわ。危険極まるけれど、やるしかないと思っていたわ」
「では話が早い、やろう。もうすぐ戦闘配食の時間だ。食ったら作戦開始だ」
フィーナが頷くのを見て、鹿之介はマイクを持つ。・
「総員に次ぐ、総員に次ぐ。まもなく戦闘配食が配られる。食い終わったら用を足して宇宙服を着用せよ。1300から艦内冷房を主要区画以外1900度まで弱める。許可が出るまで宇宙服を脱ぐな。繰り返す…」





集中治療室では、トカーガの女性兵士クリスが眠っている女性を見守っている。
ポリンの妹、アリンだ。
アリンはイルミダスとの戦いで重傷を負い、地球まで持つかどうか分からない状態だった。
容器の中でアリンは苦しみながら呻く。
「ポリン姉さま、トカーガを助けて…」
「頑張るのですよ、地球はもうすぐです。ポリンが待っていますよ」
クリスはアリンの為に祈った。




炊事室は戦場になっていた。
一人にお握り二つ。さらに飲料水一本。補助剤一錠。
お握りさえ用意出来れば後は配るだけだが、その範囲は広い。
アルカディア号館内は広いのだ。
町村はトカーガの女性兵士を数名引き連れて配食の用意をしていた。
そのさなか、激しい衝撃を受けて転倒するとその上から他の者も倒れる。
酷い航海だ。
キャッスルメイン星団から帰る時だって、一瞬で艦が横転する衝撃は無かった。
それだけ危険な航海だ。ベスベラスに突っ込むと聞いた時点で町村は死を覚悟していた。
「御無礼しました町村様、お怪我はありませんか?」
倒れこんだ女性兵士、ソフィが町村を見る。
ソフィの肉付きの良い健康的な肢体。小麦色に焼けた肌(焼けたわけではないのだが)に豊満なバスト。
見事なまでのプロポーションはこの緊急事態のど真ん中でも町村の男をたぎらせた。
だが歴戦の勇士でもあり、メンバーでも中高年に位置する彼は極めて冷静に対応した。・
「俺は大丈夫だ。君こそ無事か?」
「はい、私はキズ一つありません。町村様のおかげです」
二人は起き上がると作業に戻る。
まだ半数以上のお握りを作らなければならない。
町村の隣に別の女性兵士が立つ。
「甲板長は今さっき、ソフィの胸をじっと見ていたのですけれど、よもや私のを比べていたのではなくて?」
「ルージェニア様、そのような事を言って町村様を困らせてはいけませんよ」
魅力的な女性に囲まれてかつ、英雄扱いだ。
町村は出航当初、女の問題でどうなろうかと心配していた。
リーダーとは言え鹿之介だけ女がいて他はなし。あとはポリン隊長の仲間のトカーガ頼み。
面倒な事になるのではと思っていたが、今の所はうまく過ぎているぐらいだ
もっとも、今では男性の数が足りていない。




艦橋へ配食が届くと鹿之介はトカーガの女性兵士アシュリーに監視を任せる。クルチャに観測を、岸田に操舵を任せフィーナと先に小休止を取る。
二人はトカーガ星から脱出してから初の休憩だ。
ゆっくりしたいが、本格的な休憩は炎の河を脱出してからだ。
鹿之介はおにぎりを一口齧る。塩分だけでない香ばしい風味が広がる。
「町村さんにしてはえらく工夫している。やけに美味しいな」
「彼の片腕になったソフィは白兵戦だけでなく、料理にも強いそうよ。奥深い出し味は彼女の賜物かしら」
「得難い人材だ。末永く乗ってほしいな」
真顔でいう鹿之介にフィーナは可笑しくなった。
この艦では料理の出来る者がいなかった
仕方なく鹿之介が用意したが、毎日同じものが出て皆が辟易し、時間の取れた町村が献立を考えて取り組んでいた。
しかし美味しさより早く食べられて栄養重視という、軍人らしい内容だった。
「いつの日か、こんな美味しいおにぎりを作ってハイキングに行って、君に食べてもらいたいな…」
場違いな言葉が鹿之介の口から出る。
そしてように黙る。
遠くなってしまった戦場の無い日々。
二人の心に戦争のない日々が思い出された。
「いいわね、私も行きたいわ。でも美味しいお握りを食べるだけではだめよ。一緒に作りましょう」
「そうだな、一緒に作って、一緒に食べよう」
そんなやり取りを聞く岸田は「早く食べ終わらねぇかな」と思いながら舵輪を握る。
艦は強い磁場に翻弄され細かな操作が必要だった。慣れぬ岸田では進むどころか現状維持で一杯だった。
そして思う。
「こんな状況でハイキングという言葉が出るなんて、俺とは見えているモノが違うのかな?」




総員が配食を食べ終えると宇宙服を着用する。
着用の点検を終えると、鹿之介は艦内冷房を操作し、エネルギーを推進に振り分ける。
フィーナは舵輪を左へ回す。艦はアルファ星の方を向くと速度が加速する。
正面に見えるアルファ星がみるみると大きくなっていく。
その大きくなっていくアルファ星は恐怖心をも作り出していた。
しかし、フィーナと鹿之介は恐怖心に負けなかった。落ち着いて作業を進める。
流れてゆく火砕流を回避することすら難しくなっている。
これらを突き破るのも、推進力を低下させる原因となっていた。
「限界ポイントまであと10分!」
「前方の火砕流まであと2分!上下幅4キロ!」
送られてくる情報から艦の行く先を見極める。
フィーナは少しづつ艦を右へ進めながら磁場の影響を見る。
あと少し、この重力を振り切って右へ進めばこの炎の河から飛び出す事が出来る。しかし、右へ切れば磁場によって推進力が下がる。
ギリギリまで磁場に逆らわず、艦を加速させなければならない。





この辺が限界ではないか。
やはり、これだけの生命反応があれば二重太陽ベスベラスを越えることは出来ない。
監視要員として火砕流の報告をしていたトカーガの女性兵士フランチェスカは見渡して言う。
「彼らは私達トカーガの為に十分尽くしてくれたわ。もういいのではないかな?」
「いい、とは?」
フランチェスカの言葉に反応したのは同じくトカーガの女性兵士ギゼリック。
かつてトカーガ星では一国の女王だったという。
フランチェスカは答える。
「このアルカディア号がベスベラスを振り切るには生命反応を減らすしかない。死ぬのは御免よ、私だって生きていたい。
けど、このままでは私達を助けに来た無関係の人まで死なせてしまう。死ぬのなら私達だけで十分じゃない?」
「一理ある。アタシも似たようなことを考えていたよ。
でも、ここで自決しようが炎に飛び込もうが、生き残った者がどう思うか。
キャプテンも副長もピクニックに来たわけじゃない。トカーガを、私達を助けに来たのだろう!?
そんな彼らの好意を無視して黙って死ぬことは出来ないね。
フランチェスカ、信じようじゃないか。地球から来た、ポリンの同胞を」
「そうね、信じなけりゃいけないよね…」
フランチェスカは外を見る。相変わらずの炎の中だ。
艦は見たことの無いスピードで進んでいる。
艦は流れる火砕流を追い越し、アルファ星へ近づいている。




「限界ポイントまであと二分! そこで右五度変針
フィーナ、スピードが出ているせいか磁場変動の影響を受けにくくなっている!」
生命反応を磁場が捉えようとしているが今はアルカディア号の勢いがある。
艦のスピードは予想より早かった。
やがて艦は変針ポイントに差し掛かる。
フィーナはすかさず舵をきった。
「面舵五度!」
アルカディアがスピードを維持したまま進路を変え、ベスベラスの魔の手に逆らう。
その勢いはみるみる削がれてゆく。
推力低下の具合を見ていた鹿之介が絶望を覚えた時、
「後方より火砕流迫る!」
見張りの報告で我に返る。重力から離れつつあるアルカディアに火砕流が当たる事は無い。
しかし、火砕流はアルカディアに向かっていた。
アルカディアの生命反応が流れを作っていたのか。
「フィーナ、火砕流はアルカディアの下を抜ける!」
「火砕流の上下の距離は!?」
「アルカディアから50m! 火砕流の大きさは上下300m!」
「全速降下!! 重力アンカー解除!!」
意を決したフィーナは艦を降下させた。火砕流は勢いよく迫る。
「重力アンカー解除了解!! 総員、何かに掴まれ!!」
叫びながら鹿之介は衝撃を吸収する重力アンカーを切る。
火砕流がアルカディア後部を叩き、艦は激しく揺さぶられる。
目の前の光景が変わる。
灼熱の炎の河が消え、静寂な星の海が広がる。




「やった、やったぞ!」
岸田が席を立ち、興奮の声を上げる。
アシュリー、クルチャも立ち上がる。
「やりました、さすがはアルカディア号!」
「クルちゃんは信じてました。絶対に超えられると!」
喜びの声をよそに鹿之介は冷静に機器を操作する。
出力を下げて制動をかけ、巡航速度まで下げると操艦を自動航法に変える。
艦内の冷却を始める作業を手早く終えると、フィーナへ振り向く。
「フィーナ、自動航法に切り替えた。一息入れよう、お疲れ様!」
「ええ、貴方もお疲れ様。戦闘よりも緊張したわ」
鹿之介は席を立ち、フィーナのそばに駆け寄った。
彼はいささか興奮気味でもあった。
「君の操艦、判断力のおかげでベスベラス、宇宙のスタンレーを越えることが出来た。本当にありがとう!」
「私だけで越えたわけではないわ。皆や貴方がいたからアルカディアを導くことが出来た。例を言うのは私よ」
「そう言ってくれるとうれしいな。あともう一つ言わせてくれないか。
大げさな言い方かもしれないが、俺は君と出会う為、いや、この艦で戦う為に生まれてきた。そう思った。
この先、地球に帰ってからも多くの苦難が待っている。俺の命は君に預けた。存分に使ってくれ」
「鹿之介、少しのぼせてしまっているわ」
「ああ、そうだろう。そうだと自分でも思う。でも、今の言葉が正直な気持ちだ。
俺の目に狂いは無かった。この先、何がどうなろうとも君と共に戦う」
熱っぽく語る鹿之介はフィーナの腰に手を回し、抱き寄せている。
分厚い宇宙服を着用していてはまどろっこしい。
思わずバイザーを上げようとしてしまい、ブザーが鳴り、エラー表示がされる。艦内温度は500度だ。
フィーナの左手が上がり、鹿之介の右頬を宇宙服越しになでる。
「どんな困難も貴方と一緒ならきっと大丈夫。私には貴方がいるわ」




バイザーに表示される艦内温度データが、鹿之介の心を落ち着かせていく。
興奮のあまり、熱い言葉を口にしてしまった。
「館内放送をかけよう。今しばらくは宇宙服は脱げない。それに皆のおかげで突破したと言わないと」
「ええ、皆も宇宙服を脱ぎたくなっているはずよ。あとどれぐらいで脱げるか伝えてあげましょう」
振り向くと岸田、アシュリー、クルチャが可笑しそうに眺めている。
鹿之介はバツが悪そうな苦笑いを浮かべながら席へ戻る。
「アシュリー、俺は君に会う為に生まれてきた!」
「出会って三日でその言葉。このアシュリー・アルバスティ、感服しました!その意気ならきっと大丈夫、岸田殿にはクルチャがいます!」
「え? クルチャ?」
「ふふふ、このクルちゃんにスポットライトの当たる時が来ましたね
 炎の河を越えた記念に新曲を発表します! 夢のうさぴょい伝説!」
席を立ち、クルチャが歌い踊る!
警戒はいまだ解いていないが、危機は去った。
ぎこちない動きを見せるクルチャにフィーナは思う。宇宙服に改造の余地があると。
鹿之介は歌の名前がまずいんじゃないかと考えた。
やがて艦内温度が下がるのだが、その前に艦の各部の損傷について報告が上がる。
想像以上に艦の装備は傷んでいた。しかし、装甲板は無事だったので航行を止めて補修をする必要が無いのは良かった。
同じように地球を目指すイルミダス第一艦隊に追いつかれてはならない。
冷却が済むと慌ただしく補修に着手する。
補修が終わっても危機は去らない。
イルミダス軍は地球にも大艦隊が駐留し、後方には第一、第三艦隊に地球義勇軍。
それでも地球へ帰る。地球で戦う友を見殺しには出来ない。
フィーナは地球へ進路を向ける。



「何だと!? 奴らが帰ってきただと!?
 二重太陽ベスベラスの炎の河を40名近い人間が乗っていて越えられるはずがない。信じられん!」
興奮するムリグソン副指令は、通信兵に怒鳴りつけ、その手にする書類を乱暴に奪い取る。
帰ってきただけではない。アルカディア号艦長はイルミダス軍の手続きに従って堂々と着陸許可を申請してきた。
傍らでゼーダ司令は着席したまま鋭い視線でムリグソンを見ていた。
「通信を読め、ムリグソン!」
「はっ! 我、太陽系連合スフィア王国艦隊旗艦アルカディア号。地球第一宇宙港への着陸を申請する。
要件は友人との再会。滞在時間は四時間。
艦長、フィーナ・ファム・アーシュライト。所属はスフィア王国
副長、森川鹿之介。所属は艦長と同じ。
その他、スフィア人一名。シンフォニア人2名トカーガ人36名。猫一匹、鳥一羽。以上」
しばしの沈黙、最初に口を開けたのはゼーダだった。
「許可すると伝えろ。ただし、第一宇宙港は復旧できていない。西のヤトミの砂漠に着陸せよ」
ムリグソンはが食いつく。
「司令、ここは全軍を上げて迎撃すべきです! 抵抗を示す地球人やトカーガ人に絶望をくれてやるのです!」
「彼らはこの過酷な運命の待つ地球へ、あえて戻ろうとするのだ。私はそれを止めるつもりはない」
友の為に最大の危険を冒しているフィーナにゼーダは敬意を示した。
しかし、それだけではない。
口にすれば部下を侮辱することになる。
全軍で撃ち落そうとすればかえって負けると見ていた。
あの艦はトカーガの第三艦隊を相手に単艦良く戦う。
地球駐留艦隊で待ち伏せをしたら、恐らくやすやすと囲みを突破されて降下。用事を済ます(恐らく協力者を乗せるだけ)とすぐに飛び立ち、逃げられるだろう。
後に残るのは地球人の目の前であっさりと叩かれ、遁走されるイルミダス艦隊の姿だ。
アルカディア号とどう戦うか、ゼーダは一つの結論に至っていた。




薄暗い室内。
自由アルカディアの声として、地球人に対して希望を紡ぐ放送を繰り返していた青年、朝霧達哉はベッドで苦しみながら寝ていた。
先日の放送でトライターの刺客に襲われて重傷を負っていたのだ。
傍らには妻の麻衣。トカーガ兵団の隊長、ポリンがいた。
ポリンも負傷しており、頭部に巻かれた血の滲んだ包帯が痛々しく見えた。
負傷はそこに限らないが、彼女の高いプライドが隠し通した。
絶体絶命と言える状況であったが、ポリンも達哉もイルミダス軍に立ち向かう勇気は失っていない。
弱弱しくなってゆく達哉にポリンが檄を入れる。
「達哉、しっかりしなさい。フィーナが、アルカディア号が帰ってくる。私の仲間と共に。
 次の船出にみんな乗っていくわよ。貴方は十分にやったわ。多くの地球人の為に」
「どうやって着陸させる気だ…。地球のイルミダス軍は数が多い。いかにフィーナの操艦技術が高くとも…」
「フィーナはゼーダに対し、堂々と着陸申請を行ったの。ゼーダはそれを受け入れた。彼は誇り高き武人の心が分かるようね」
会話に麻衣が加わる。
彼女は当然の質問をポリンにする。
「乗り込んだ後、無事に出港できるの?」
「すんなり、とはいかないわね。ゼーダだってお人よしではない。
 でも私の友人達と妹を守ってくれたアルカディア号とフィーナを信じている。
 己の意思で、己の翼で、あらゆる妨害を跳ねのけて地球から飛び立つの。
 例え、苦難に満ちた茨の道でも、座して死を待ちながら、アテのない希望を待ち続けるより遥かに良い」





アルカディア号は帰ってきた。
大気を震わす不規則な轟音。所々が焼け付き変色している濃緑色の艦体。
艦首に大きく取り付けられた髑髏のマーク。
アルカディア号第一艦橋に地球からの放送が入る。
達哉の放送する自由アルカディアの声だ。
その力のない声は、ただならぬものを予感させた。フィーナ達は間に合ったと胸をなでおろすような、喜べる状況ではなかった。
「花を手に……、ヤトミの砂漠へ向かいましょう…。……我々の…希望が、空から…帰ってきます…。
 …勇気ある者は、一歩……、踏み出して…、共に前に進みましょう。
 未来は…、我々の未来と希望が…」
放送が断たれる。
襲撃を受けたわけではなさそうだ。送信者の達哉は。
急がなければならない。





指定された砂漠では、最寄りの居住区から集まってきた地球人、イルミダス司令部要員、同じく治安維持部隊の多数の兵士。
多くの数の人々が集まっていた。
すぐそばには戦闘艦の姿は無い事に安堵はするものの、周辺の基地には臨戦態勢に見える艦隊が確認されている。
どのように脱出するのか、どのルートを取るのか、フィーナと鹿之介は複数の選択肢を考えていた。
いずれにせよ、相手の出方次第だったが。
ゼーダがどのような戦いになるか、選択肢は多くあった。
それでもやる事は、"敵艦隊と交戦し有効な打撃を与え、少なくとも旗艦を撃破し、損害が酷くなる前に離脱する。前に進みながら逃げる"というものだった。
それをうまくやる事がフィーナの仕事になるわけだが、これは本当に難しいと悩ませた。
応戦せずに遁走するのも考えたが、舐められるようになっても、後の仕事がやりにくくなる。
出て行く時は激戦になると皆で覚悟を固めた。
アルカディア号は砂埃を巻き上げながら着陸する。
タラップが降り、フィーナが先頭、傍らに鹿之介が続き、他の者はその後を続いて降りてくる。そのタラップに地球人やイルミダス人が一定の距離を保ちながら寄ってくる。
降り切ったフィーナはイルミダス人の先頭に立つゼーダと目が合う。
「よく戻ってきた。そして、これだけの人数を連れてあのベスベラスを越えてきた。その勇気、技量は賞賛に値する」
「着陸を許可して頂いた事、その度量に感謝します」
一息入れてフィーナは周りを見渡す。視線をゼーダに戻すと言葉を続けた。
 「仲間と共にベスベラスを越える事は、私の終わりなき旅の入り口にしかすぎません。
 これから私はこのアルカディア号と、仲間達ともっと多くの事を成し遂げるつもりです」
ゼーダは大きく頷くと、次に鹿之介を見た。
「鹿之介、この艦を用意したのは君だな。よくぞこの私を謀った。
 マークを解除すべきでなかった」
「俺一人で用意したわけじゃない。俺は監視を振り切るので一杯だった。皆のおかげさ。
 だが、もう騙せないな。次は謀無し、全力でぶつかるだけだ」
「君らの戦い方、四時間後に拝見させてもらう」
鹿之介とゼーダが睨み合う。
その鋭さ、気迫から鹿之介は悟った。
(こりゃあ、思っていた以上の激戦になるだろうな)
どのような戦いになるか、予めフィーナや皆と相談して準備をしていた。
前の敵に艦砲射撃を与えながら直進してゆく。敵艦隊の囲みを物ともせず突き破る。一撃離脱のような戦いをアルカディア号は得意としていた。
それをさせてもらえない戦いとなるか…?




フィーナは鹿之介を促すと、ゼーダから離れる。
アルカディア号の一団は集まっていた地球人の群れに向かう。
そしてその中から見知った顔が手を振った。ポリンだ。
フィーナも手を振り返す。
地球上の戦いは激戦を極めていた。負傷したポリンにその仲間達は数を大きく減らしていた。
その姿が確認されると、トカーガ星から乗り込んできた仲間たちが駆け寄っていった。
ひときわ目立つ声を上げたのは、ポリンの妹アリン。
声を上げて抱き合い、姉妹は涙ながらの再開をした。
ザジは再開した兵達と無事を喜び合い、クルチャはトカーガ星での出来事を高いテンションで語っている。
感動の再開を前に、鹿之介が緊張感のない事を言う。
「あの姉妹、あまり似てないなぁ」
「そうかしら、アリンには姉の面影がよく残っているわ。あのしぐさは姉譲りね」
「ううん、さすがフィーナ。見ている所が違うなぁ。俺は顔と体を見ていた。いやぁ、でかいなぁって」
「私のと比べているのかしら?」
「あいててっ、落ち着けフィーナ、誰よりも君が一番だ!」
「よく聞こえないわ?」
よくこの状況で悪ふざけな言葉が出せる。
持っているものが違うのだろうか。
メンバーの一人、谷垣は緊張しきっていた。
周りはゼーダ率いるイルミダス軍の陸戦隊多数にその直下にある地球人陸戦隊。
唯一の見方は目の前の疲れ切ったトカーガ兵団とレジスタンス。数は陸戦隊の十分の一。
万が一の備えはしているが、全く油断が出来ない。
地球脱出時に派手な戦いになり、軌道に乗る前に艦を痛めることが予想されている。
第一艦隊が来る前に地球を脱出出来なければ、航海はいきなり終わってしまうかもしれない。




ポリンのそばから、もう一人、フィーナの良く知った顔が見えた。
数年ぶりに会うその人物はかつて、同じ屋根の下で暮らしたことのある女性。
フィーナが交流の一環として地球の一般家庭にホームステイをしたことがあり、その際の家族だった。
朝霧麻衣。今は義兄と結婚し、その義兄が自由アルカディアの声を発信し続けてきた朝霧達哉。
「フィーナさん!」
麻衣は担架のそばに立っていた。その表情から担架で誰が横たわっているのか推測された。
鹿之介はフィーナを促し行かせると、谷垣とトカーガの衛生兵クリスに緊急医療器の起動を頼む。
重傷を負っていたアリンを回復させたのだ、重症でも息があれば回復させられる。
二人がアルカディア号に取って返すと、自分もフィーナを追った。
担架のそばで屈んだフィーナが見える。そして、担架には全身が包帯で巻かれたミイラが見えた。
(くそ、間に合わなかったか…!)
達哉の事はレジスタンスに参加していて知っていた。
自分より若いが、よっぽど大人びていた。
自分なんぞより、分別もあり将来性のあるいい男だった。
相手に慣れてくるとその鼻をつまむという、奇行をしてくると聞いていたが、ガセネタだと思っている。
鹿之介が数歩、駆けた時にフィーナが悲痛な悲鳴を上げた。
駆けようとした足が止まる。その悲鳴が胸を痛めた。
アルカディア号発進の際、人手不足もあり、信頼できる達哉に乗艦する話を振っていた。
だが彼は地球に残って人々に希望の声を届る事を優先した。
致し方が無い。かくなる上は、地球の為に命を懸けた勇者は、俺達で葬ってやらねばならない。
ここに置いてはいけない。





鹿之介が意を決し再び歩み始めると、フィーナが走って戻ってくる。
その様子が尋常ではない。
達哉が死んだにしてはおかしい。
担架に横たわっていたミイラが起き上がる。手を使わずに腹筋だけで、咆哮を上げながら。
声が達哉に似てないなぁと、のんきな事を考える鹿之介の背後にまわったフィーナは、指を突き出し、言った。
「この人変なんです」
ああ、そうきたか…。
起き上がったミイラの顔を見る。ああ、そうだ。あれは昔、月曜日の夜に見た顔だ。毎週のように見たっけ。
こんなに長文書いて、オチがこれで許されるのかね?
周りを見る。
すでに笑っている町村さんと岸田君。笑うの早いぜ。
くそ真面目な表情を崩さないゼーダ、展開に驚いて凝視するトカーガ人。
ふと見れば、いぶし銀漂う隻眼の戦士。隣にはこれまた低身長眼鏡でガニマタの怪人。
さらに息が止まるような美人が立っていた。ボディラインを表す赤い服に、胸には髑髏のマーク。
女性にも髑髏のマークって合うんだな勉強になった…。
いいようのない緊張感。キャッスルメイン星団区の戦いの時もここまで緊張しなかった。
緊張感を押し殺し、鹿之介はミイラの横に進み、言った。


「何だチミは?」





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