8 ペナントの軌跡



平和を取り戻した地球。
ここは都会より離れた田舎町。
イルミダス戦争の痛手から復興の進まぬこの町に、今の地球にとって重要な施設、台羽天文台はあった。
天文台長の台羽博士は高度な観測技術と分析力を持ち、かつての太陽系連合地球司令部やイルミダス地球占領軍からも高い評価を受けていた。
その博士は、平和を取り戻したはずの地球に危機が発生しているのを憂いていた。
以前より観測されていた巨大な球体の事だ。
都心に軟着陸した黒く巨大な球体。その直径は大規模な国際空港を包めて余るほど。
その上部に象形文字が目につく。
台羽博士の盟友、クスコ教授の解析によれば、
「地球は全能なる我らマゾーンの第二の故郷なり」
と訳される。
どういう意味なのか。
マゾーンとはどのような知的生命体なのか。イルミダスと関与があるのか?
そしてこの球体はどこから飛ばして"軟着陸"させたのか。
分かった事は、観測できないほど遠い所から来ている。よって、イルミダスの武器ではない。そしてマゾーンという存在がこれを飛ばしてきた。
マゾーンとは何か。
しかし、この球体を打ち込んできた理由は何なのか、地球への攻撃ではないようだが…。


クスコ教授の分析ではこれはペナントの類ではないかと。
なるほど、旗を立てて領有宣言をする。遥か昔から地球人類も地上の島や月面、火星地表に行ってきたことだ。
マゾーンが地球を故郷だと宣言して打ち込んだ。
あれをイルミダスはどう見るのか。
イルミダスは知っているのだろうか。
危機感の強い防衛庁長官夫妻はこの"ペナント"の調査を積極的に行っている。
成果は上がってなく、分からないままであった。
入る所があるはずだと探すも見るからず、重機で殴っても効果が無かった。
戦車砲、ミサイルを撃ち込んだが、このペナントは何事もなかったかのように、堂々とそこにあり続けた。
「イルミダスが地球から撤退したのは、これが原因かもしれない」
クスコ教授の言葉に頷きつつも、台羽博士は内に疑問もあった。


今から8年前、イルミダスに制圧された地球から追放され、無法の宇宙へ飛び立った、アルカディア号のキャプテンフィーナとその仲間達は戦いながら仲間を募り、重鉱山惑星ヘビーメルダーに拠点を構えた。
地球人、トカーガ人をはじめ、多くの反イルミダスで集まってきた者達で都市を作り、それはやがて国となり、スフィア王国を名乗った。
スフィア王国は反イルミダスで集まった星間連合オリエントに参加する。そしてイルミダスとの会戦に勝利し、ついにその勢力、継戦能力を著しく押し下げた。
銀河系一の侵略国家イルミダスも今では防戦一方で、一大勢力である事には違いはないが、多くの占領地を維持管理できず、手放している。
地球もその一つのはずだ。
果たして、イルミダスの撤退はフィーナ達の輝かしい勝利の賜物か、それともこのマゾーンか…。


「父さん、分析機の準備が整ったよ!」
声を聴き、博士は思考を止めた。作業を続けなければ。声の主は博士の息子、正。
博士は二階から見下ろすと息子に手を振る。
「分かった、すぐに降りる」
博士の手にあるのは黒い球体、ペナントのデータだった。
長方形の箱に入ったそれは、飛来した航路、速度、質量、航行中の動作など、さまざまなデータが入っている。
今日は珍しい客がやってきて、これらのデータを吟味することになっていた。
博士は足を止めて、大量のデータを格納してあるケースの一つ、普段は触らないものを見た。
昔に個人的な撮影、録音したもので、会議録や周辺空域による戦闘記録又は遊びで撮影したものまであり、余人に見せるものではなかった。
が、天文台利用者はこのケースの前まで来ることはない。安心して放置できた。
だが今日の客はここまで入る。何が入っていたか、恥ずかしいものは避けておかねば。
博士は箱を床に置き、一つのケースから箱を取り出し、ラベルを見る。
「これはここに保管していたか! 見られるといかん、全部出すか、シーツをかけて誤魔化すか…」
その時、博士の首が何者かに絞められた。
データに気を取られていた博士は、背後から忍び寄る気配に気づかない。
両手で、強い力で締め付ける。博士は苦しみながら振り返ろうとする。
うっすらと見えた相手は女性。それも息が止まるほどの美人だった。
やがて博士は力尽きて崩れ落ちる。
「正、逃げろ…」
最後の言葉は声というよりかすんだ音でしかなかった。


返事をした割にはすぐに降りてこない。
正は父を直接、呼びに二階へ上がる。
「父さん、どうしてるの? 準備しておかないともう、時間が無いよ!?」
見ると、博士は倒れている。正は駆け寄った。
脳卒中か、心筋梗塞か…。いずれかを確認する前に、正は背後から首を絞められる。
「くそっ、お前が父さんを…!!」
振りほどこうともがくが、首を絞めつける力は強い。
体から力が抜けはじめ、駄目かと思った時、背後に衝撃を受ける。
首を絞める力は緩み、正は脱出すると振り返る。
そこには、甲高い悲鳴を上げて燃え、のたうち回る女がいた。
「何だ…こいつは、紙のように燃えている…」
その言葉に対する返事は、二階のベランダから聞こえてくる。
「この燃える女は、マゾーンの関係者と思って良いでしょう」
二階に上がりこんでいる者がいる!正は顔を上げると、そこには女性が立っていた。
逆光でその姿はよく見えないが、右手には重力サーベルが握られ、それで撃ったようだ。
一歩一歩と歩み寄ってくる。
背筋が良くその姿、動きに気品が見て取れた。
「マゾーン…、あのペナントの…!? いや、それより父さんを…!
 父さん、父さん!!」
正は悲痛な尾を上げて父を揺さぶるが、返事はない。
女性がそばに立つ。正は見上げる。
女性の服装は群青色を基準としたもので、形態は旧太陽系連合の軍服だった。
この手の色模様の軍装を身に着ける者は太陽系ではスフィア王国国王しかいない。
(この服装、あの裏切り者の国王以外では…、この人が父さんの…)
女性が優しい視線を正に向ける。
その仕草に台羽は一瞬、胸を熱くする。
「私はフィーナ・ファム・アーシュライト。重鉱山惑星ヘビーメルダー、スフィア王国女王です」
「だ、台羽正です。父さんを、父さんを助けてください!!」
「残念ですが、貴方の父上は亡くなられました。偉大な父の為に冥福を祈りなさい。
 そして、地球へ打ち込まれたペナントのデータの再生をしてください。
 私達はそのデータを博士と見る為に地球へ来たのです。
 急いでお願いします。博士の姿勢は私が直しておきます」
その声は穏やかであるが有無を言わせぬ威厳があった。
父が倒れた今、自分がやるしかない。
正は父の持っていたデータを再生機にかけに行く。


フィーナはうつぶせで倒れている博士の身を返し、開かれた目を閉じる。
両手を組ませると自らも手を合わせ、冥福を祈る。
フィーナ自身はあまり接点が無かったが、伴侶の鹿之介はイルミダス戦争の頃から付き合いあがった。
直近では、地球へ飛来する謎の物体についてヘビーメルダーまで博士が来訪して二人でよく話していた。
その物体に対してフィーナ達は実力による迎撃を試みていた。
ヘビーメルダー軌道付近で、新鋭戦艦アルカディア号二号艦による全力射撃を行ったのだ。
しかし、エネルギー弾による攻撃は中和されて失敗。
兵器とも思えなかったので、データを台羽天文台へ転送し、後は地球防衛軍へ任せる形となった。
イルミダス軍と激しい戦争の最中にあるフィーナ達にはそれ以上の事は出来なかった。
フィーナは腕時計からアンテナを伸ばし、ボタンの一つを押す。
その上に空間パネルが表示された。
呼び出すと鹿之介が応答する。
「フィーナか、丁度良かった。不審な事があってね。今から連絡を取ろうとしていたんだ」
「こちらは不審どころではなかったわ。台羽博士が殺されたの」
「何だって!? そうか、やはり狙われていたのか!? 殺した奴の特徴は分かるか?」
「若い女性。そうね、美人よ。私が重力サーベルで撃ったら甲高い悲鳴を上げて、紙のように燃えて死んだわ。灰になって粉々ね」
「実はこっちも変な女が窓から入ろうとしていてね、誰何したら向かってきた。撃ったら紙のように燃えて灰になった。同じだな」
「そうね、これがマゾーンというものかしら?」
「そうかもしれない。皆を呼んでおこう。ご子息は無事か?」
「正君は無事よ。しかし、彼の命も狙われているわ。このままにしてはおけないわね」
「連れ出そう。あと、資料は持ち出せそうか?」
「博士が死んでよく分からないわ。すべて持ち出すとして、最低でも4トントラックが欲しいわね。」
「分かった。手配しよう」
通信を終えてフィーナは思う。
目立たないように人目を避けるようにやってきた。
防犯カメラに写らぬよう、手配通り二階から入室したのだが、それが功を奏した。
一階の受付から手続きして入館していたら、親子二人も殺されていただろう。
このタイミングで親子を殺そうとする。敵の、マゾーンの狙いとは何だろうか。
我々に対する威嚇、脅しの類なのか。
鹿之介は付近の高台で警戒についている有紀螢、ペナントの調査に向かっているヤッタラン、町村達を呼び寄せ天文台の護衛につかせる。
重ねてヤッタランにはトラックを用意するよう伝える。
さらに、土星軌道上で待機しているアルカディア号の出動を岸田に指示する。
本来なら艦が来ると騒々しくなり、隠密活動がバレて地球防衛軍の出動を招いてしまう可能性が出てくる。
しかし、今は状況が違う。急ぐ必要があった。


鹿之介がフィーナの隣に来ると、正は記録を再生する。
二人が気にしていたのは、マゾーンはイルミダスと繋がりについて。
イルミダスはすでに地球から撤退している。増援という事はなさそうだが、裏で繋がっていたらフィーナ達は二正面作戦を強いられることになる
真っ黒な画面が表示される。宇宙空間ではない。
ペナントの映像が映るわけでもなく、調査結果の一覧表が出るわけでもない。
フィーナは不審に思い正を見るが、彼も分からず、やや狼狽しているようだ。
再生されているものはペナントとは何の関係も無かった。
お約束かのような、卑猥な録音記録だった。
「ああ、いいよ。凄くいい…!もうこんなに馴染んで、フィーナは尻穴を使うのも上手なんだね…!」
「あ、あ、貴方が上手で私はっ…、あっあっ、はぁぁぁ…、入ってくる…ゆっくりと凄いのきてる! いつもより感じるの…あっあっ!!」
卑猥な声は続く。しばしの沈黙を破ったのは顔を真っ赤にしたフィーナ。
「台羽君、消してちょうだい」
「は、はい!!」
音声は止まる。重苦しい空気の中、台羽が戻ってきてフィーナを見た。
「どうして、尻穴を使うんですか?」


二人は返答に窮した。
言いたい事はあるのだが、何を言っても墓穴を掘る。
正への返答は、あらぬ方から聞こえた。
「そりゃ、ちと昔話をせねばならんな」
「父さん!!」
「危ないところだった。死んだふりをしようとしたのだが、落ちてしまった」
苦笑いをする博士に、フィーナと鹿之介は安堵する。
博士は身を起こすと三人を見渡し、何事も無かったかのように言葉を続けた。
「さて、客も来たことだ。ティータイムといこう。
 正、ケーニヒスクローネのセットがまだ残っていただろう?全部持ってくるんだ。
 ワシは茶を用意しよう」


準備が整うと博士から切り出した。
「まずは女王陛下の話からいこうか」
フィーナは茶を口に含んだまま停止して博士を見る。
どうして自分?
「言わずもがなフィーナ女王はその昔、あの月の現国王と夫婦だった。
 あの国王も地球を裏切るまでは、あんないい男は二人といないと評判でな。
 父のライオネス公も自慢の婿だった」
ゆっくりと茶を飲み干しながら、フィーナの表情が硬くなる。
鹿之介が咎めるように博士の会話に介入したが、博士は意に介せず続けた。
また、フィーナも続けるように言う。
父の名を聞くのは何年振りだろうか、いい話でなくとも続きを聞いてみようという気になった。
「マスク良し、弁も立ち、学も血筋も良くスポーツ万能。アーシュライト家の剣術でも女王陛下を超える力量。
 もう完璧、非の打ちどころもない。誠の文武両道だったそうな
 しかし、酒の量が多いのを心配しておった。
 毎晩、多くを飲んでは気持ちのよくなる生活。幸せの頂点だったであろうが、ライオネス公は健康を害するのを心配しておった」
博士は茶を飲み、一息入れる。
そこでフィーナが聞いた。
「今の話は父様から博士に直接話されたのですか?」
「いや、一人挟んでいる。ワシはライオネス公とは面識が無くてな。一度会って見たかったが。
 この話は公の親友でありワシの親友でもあったシンフォニア王国の闘将、土方竜中将からじゃ」
月王国の話なのに思いもよらぬ名が出て、フィーナと鹿之介は顔を合わせる。


土方竜中将はキャッスルメイン星団区の戦いの折に太陽系連合第二艦隊総司令として戦いに参加。
シンフォニア艦隊旗艦、駆逐艦村雨に艦長として乗り込んでいた。実際の艦長業務は副長の鹿之介に任せ、もっぱら艦隊の運行を指揮していた。
通信機から聞こえる闘将の最後、副長の慟哭。二人はわずかな瞬間、8年前の死闘をついぞ昨日のことのように思い出していた。
土方の戦死後、シンフォニア艦隊は鹿之介が指揮官代理を務めあげ、村雨の運行は副長の教え子であり、そのフィアンセだった女性士官が立派に果たした。
地球に帰還後、第三宇宙港でメロディアの副長に挨拶に来た鹿之介とそのフィアンセを見た時、フィーナはつまらぬ事を考えてしまった。
私の伴侶は、王族として将来を共に誓って戦い抜くはずだったのに故郷から一歩も出ずに敵に裏切り、あの平民の二人は互いに支え合って戦い抜いた。
あの時は嫌な感情が沸き上がってしまった。
メロディア艦長として、艦の運行を支えてくれた水雷戦隊の指揮官に、何らかの言葉をかけるべきだったはずなのに、身分が違うとの理由で避けてしまった。
一生に一度の恥ずかしい行為だった。
後日、この話を鹿之介にしたら彼は意に介せず、「君もそういったことを考えるんだな、まあ、みんなそうだよ」とあっけらかんとしていた。


フィーナは土方がらみの話ではもう一つ思い出した。
鹿之介が8年前に出港する時、本来ならアルカディア号のキャプテンはその土方竜の子息を招く予定だった。
どうにも見つからず、諦めて自分で舵をとろうかと思っていた時、フィーナと出会えて今に至る。
「何が起こるか分からない」
とはよく鹿之介の言う事だ。
全く、分からない。
あれだけ意思疎通が出来て絶望的な戦局を戦い抜けた鹿之介はそのフィアンセと別れ、こうして自分の隣にいて8年にも及ぶ戦いを続け、またこれからさらに地球の危機へ、二人で向かって行く。
もし、土方竜の子息が見つかっていたら、自分はどうだったであろうか。また、あのフィアンセと鹿之介が別れていなかったら…。


博士の話は続く。
フィーナは話に傾聴する。
まだ内容は土方竜中将とライオネス公についてだ。
「公は娘への心配を竜に話した。竜は笑い飛ばして言ったそうだ。
 そんな浴びるように酒飲ませるグズはぶん殴って放り出せ。そして俺の息子を貰えよって。
 公はカンカンに怒ったそうな。茶化されたとな。真面目な相談だったようだ。
 心配は酒とは別の形で降りかかってきた。まあこれは言わずもがなってやつだ」
別の形とは、その夫がフィーナと共に戦わず、月王国を守ると言い月に留まった事。
フィーナや女王夫婦の出撃中にイルミダスに裏切って戦わずに降伏した事を指す。
その結果、責任をとって両親は戦死、フィーナ自身も居場所を喪失。
夫はフィーナに帰ってきてほしい、女王陛下と再び国づくりをしたいと言ったが、帰られるものか。
帰れば死が待っているであろう。
そうでなくとも、太陽系連合敗戦の原因を作り、両親を見殺しにした男と元の鞘に納まり、仲良く国作りなど出来たものじゃない。
博士は一息入れると続ける。
「その後、女王陛下は鹿之介と出会い、運命の船出を行い、今に至る。
 鹿之介は戦争に強くてつまらない男だが陛下の望んだ、共に戦ってくれる勇敢で信頼できるパートナーだった。
 しかし、デメリットもあった。鹿之介は夜が駄目だった。
 早い、下手、ムードが無い。クソつまらないジャパニーズセックスが鹿之介の性技だった。
 この点、彼は月の国王の足元にも及ばなかった」
「博士、鹿之介の侮辱は許しません」
「まあまあ、ワシの技術も大したことは無い」
軽快に笑う博士に、フィーナは厳しい視線を送る。
そして鹿之介にも言う。
「貴方も苦笑いしてないで、言うことは言いなさい。
 正君にも勘違いされるわよ」
「正君。男にはこのように、愛する妻の前夫と比べられる時がある。
 しかし、卑屈になることは無い。
 フィーナの両親の敵を取るべく、共に戦っているのはこの私、そしてフィーナの子の父もこの私
 とっくの昔に別れた男の事など歯牙にもかけぬ。それが男だ」
「おお鹿よ、見事な男前だ。
 話を続けるぞ」
台場博士はさも愉快そうに話を続けた。



「並の女なら他のいい男のセックスを知っているだけに、つまらないセックスには我慢できない。他の男を作る。
 この場合、鹿之介とは共に戦うが、セックスは別の若い男になる。
 だが女王陛下はそうならなかった。クソつまらないジャパニーズセックスを受け入れた」
正は感動した。フィーナの愛の大きさに触れた気分だった。
この所の地球では、何かにつけ文句を言ってはすぐに破局だ離婚だと騒ぐものが目に付く。
良い所を見ようとせず、よしんば見ても金のことだけ。後はひたすら悪いところばかりを大きく取り上げ、人に口頭で、通信を使って無造作に悪口を書きたて…。
そして何かにつけて人のせいにする。
仕事が無い、伴侶を見つけることが出来ない。努力が実らない。これすべて政府、政治のせいという者が多かった。
今の地球人は何と小さい者ばかりになったのか。
セックスが下手、つまらない。他に何が出来ても地球では男性として扱われないだろう。
学生時代を思い出す。
片思いの同級生は影で正しの事を嘲笑っていた。
「あの人、私がちょっと話したら勘違いしちゃった。嫌だわぁ、どうしようかしら」
「彼は台場天文台の長男だから収入はあるから悪くないでしょ?」
「嫌よ。あんな辛気臭い所で空を見上げてる人なんて。
 私、もっと楽しくて公務員やってる人がいいの」
「相変わらずね、アンタはww」
「悪女かしら、私www」
正は瞬間的に思い出した、つまらぬものを振り切って話に戻る。



「さすがはフィーナ女王、許容力が大きい」
「この場合、適応力だな。
 どのような状況にみ適応するのが彼女の底力かと言えるだろう」
 月のプリンセス、宇宙戦艦艦長、非常の宇宙海賊、ヘビーメルダーの女王、すべて彼女の適応力のたまものだ。
 そしてその適応力は努力、研鑽することで生きる。彼女が非凡な努力家でもあるのだ。
 近年稀に見る、偉大な指導者の一人だろう」
ここで博士は一息入れる。
コーヒーを飲み干して新たに作り置く。
二杯目以降はセルフサービスとした。
博士の目が鹿之介を見る。
「次は鹿之介の昔話といこうか」
「ええ、どうぞ」
笑顔の博士に鹿之介は苦笑いで答える。
その隣でフィーナが安堵のため息をつく。
鹿之介が軽くひじで突付く。
(思う所多いだろう、後で俺にぶつけてくれ)
(そうね、でも貴方のことを聞いてから、どのようにぶつけるか考えるわ)
(楽しみにしてくれ)




「イルミダス軍の広報に鹿之介は初婚でフィーナはバツイチという悪口があった。
 これは正しいのだが、ある意味、間違っている。
 鹿之介には婚約者がいた。
 共に戦い、共に帰ってくる。又は共に死ぬと誓った二人。
 別れるはずの無い、かけがえのない存在だった。
 それは今の防衛庁長官、仁礼栖香総帥」
「ええっ仁礼長官がっ!?」
正は驚き絶句する。
仁礼財閥の頂点に君臨する長女と、目の前で妻の前で小さくしている労働者階級出身の男が結びつかない。
そもそも身分が違いすぎて、どうして繋がったのか。
そういえば目の前の夫婦も結びつかないか。
正は父の言葉を待った。
「二人は宇宙戦士訓練学校タイタン分校で出会った。
 機関工学の士官であったが、軍人としての実践も経験していた鹿之介は講師として赴任し、長官は生徒として学ぶ側だった。
 長官は優秀な生徒だったが、問題もあった。
 優秀な生徒にありがちなことだったが…」
「まさか、尻穴を使うんですか?」
吹いた。
父も、鹿之介も。
フィーナは顔を赤らめ、うつむいた。
ここでそれを言うか。
正は父を超える偉大な男になる。鹿之介は確信した。





「仁礼長官はその家柄に対する重責を背負って一人で戦おうとしていた。
 ワタクシは仁礼の長女。将来の総帥たる存在。他人の手を借りて得た勝利に意味はありません。
 そんな感じで、鹿之介としては随分と困っただろう」
「一見、優等生でした。我が強く偏屈なところがあって、自分がコレと決めたことについては曲げなかった。
 出会った頃はツンケンとしていて愛想が無く、取り付く島も無い感じでしたね。」
鹿之介が遠い目をしながら話す。
懐かしさがあるようで、無いのか。
この別れた伴侶について鹿之介とフィーナの違いは、前者は過ぎたこと。後者は現在も問題として続いている。
少なくとも月王国を取り返し、裏切り者を討つまではフィーナが自分から語るようなことは無いだろう。
「では続きを話そうか。
 今の話の通りでこのままでは優等な成績で卒業しても、戦場に出れば死んでしまう。
 戦場というのは所詮は団体戦で行われるものであり、個人で戦う者は囲まれてたやすく殺されてしまう。
 武勇の優れた英雄が一人で戦えるのは神話の世界じゃな。
 鹿之介はそういった事を教えるのに時間がかかった。彼女は本当に我が強く、聞かないものは聞かなかった。
 おかげで長官は遭難するレベルの空間事故をやらかしてしまった。」
「あの仁礼長官も、ひどい失敗をする時があったのですね」
「長官は暴走に走る時がある。思い込みが強く間違っていても気づかず突っ込んでいく。
 あの時はもう少しで人身事故になる所だった。気絶したぐらいで済んでよかった」
話しながら鹿之介は懐かしくもなっていた。
頷くと博士は続ける。
正とフィーナは神妙に聞き入る。
鹿之介は聞き流してくれないかと思い、フィーナを見るが、二コリと笑顔で返すと話しに聞き入る。




仁礼長官はその結果、体で覚え、人に頼ること、他人と連携して行動することが出来るようになった。
それだけでなく、男に頼ることも覚え、鹿之介とは男女の関係となった。
そして婚約。鹿之介は無名の人間で仁礼家には入れる存在ではないが、彼はシンフォニア国王と強いパイプを持っていた。これが、仁礼家にとっては救世主的なものとなった。
シンフォニア王国から仕事の発注を受けるようになると仁礼家は不死鳥のように蘇った。
当時、戦争特需を受けながらも大財閥の仁礼家は傾いていた。
これを立て直すのだから、大規模なてこ入れがあったと見ているが、これが鹿之介個人にとっては諸刃の剣であった。
イルミダス戦争が終わると、イルミダスかシンフォニアのどちらかを重視するかで会社内の意見が割れると、鹿之介はシンフォニアは筆頭として活動し、最後は追放される。
仁礼家幹部のイルミダス派からすると、反イルミダスの権化、鹿之介は邪魔なだけの存在だった。
一夜にしてすべてを失った鹿之介はカバンを投げつけられ、力ずくで仁礼本社ビルから追い出されたという。
カバンの中には替えの下着一日分と、現金が抜かれた財布、身分証だけだった。
今も鹿之介は仁礼家に好意を持っていない。
地球を守る為にマゾーンを調査しているが、仁礼家と協調するつもりは無かった。
それは仁礼栖香も同じだった。
鹿之介が自分を捨ててフィーナという別の女を連れて旅立ったと解釈している。
二人が手を取り合うことは無い。出来ないのが正解か。
その後、鹿之介は痛んだ体、片足を引き釣りながらかつての職場、地下造船ドッグに入る。自殺をするつもりであった。そこで死ねば死体を誰かに見られることも無い。
入ってみると、そこには艦体が完成したものの、鐘楼の一部及び艤装が不完全だった未完製艦があった。
太陽系連合の威信をかけた戦闘艦だった。
そして、艦体を前にウイスキーをちびりちびりやりながら眺めていた町村と再開し、何とかこいつを完成させてようと、たった二人で作業を再開させることになった。
懐かしくも心苦しい話。鹿之介は胸の痛みを思い出していた。
もう随分と昔の過去の話。辛く苦しいことも綺麗な思い出と変わるというが、なかなか変わらないものだ。




えぐられた古傷を癒す暇は無かった。
博士はいやらしい笑みを鹿之介に向ける。
いやな予感がするが、そもそもいい話はずっとしていない。
「ここからは長官の性的な話なのだが、これは鹿之介に語ってもらおうかの」
「博士。妻の目の前で、分かれた婚約者との情事は話せないんじゃないですかね!?」
うろたえる鹿之介だが、フィーナも博士も冷静で正は前のめりの姿勢で待っていた。
言わねばならない。鹿之介はフィーナを見る。その目は助け舟を求めていた。
「話してしまいなさい。どんな事をしていたのか、私も知りたいわ」
観念するしかない。
鹿之介は話し出す。
「いいか、仁礼長官には俺が言ったと言うなよ」
「そうじゃ、ワシが言った事にしておけ」




頼っても良いと覚えた栖香は、そのまま鹿之介に男を求めた。
抱きしめ、キスをするようになるまではすぐだった。
唇を重ね、舌を入れ、互いの唾液を混ぜるような濃厚なキスを、人目が無ければそこいらでやった。
本来なら制止せねばならない立場の鹿之介は流されるように、いや堕ちるように栖香を抱きしめた。
感情が高ぶり、押さえが利かなくなっていく。
やがて行為はエスカレートしていく。
固くなった性器を栖香の太ももに押しつけるどころか、こすりつけたり、慣れてくると手を取り触らせた。
鹿之介の室内に入ればさらに行為は進む。
手淫を教え、口淫を教え、精液いや栖香の言葉では子種と呼んだ。その子種を飲ませたり塗りつけたり…。
合鍵を渡した後などは、入ってきて鹿之介の姿が見えねばベッドで自慰をして絶頂し、シーツというか布団を干すレベルになったりとやりたい放題となっていった。
そこまでの関係が出来上がっていても、一点は守られていた。
栖香の貞操、処女は結婚するまでは守ってほしいという、彼女の要望は守られていた。
そしてある日、栖香は鹿之介の部屋に来ると、思い切って言った。




ワタクシを鹿之介さんの尻穴奴隷にしてください!
シリ・アナード・レイ…?
正は首をかしげた。難しい言葉だ。
説明はすぐに始まった。
尻穴を使ってペニスを射精に導く性奴隷。
とどのつまり、"本番"が出来ないのでアナルセックスで誤魔化そうということだった。
鹿之介はアナルセックスの要領など知らない。ゆえに必死に調べて対応した。
下処理を済まさせ準備を整えると、栖香の尻を持ち上げさせ、尻穴を舐めてほぐし、やがて指を使って、皺の一本一本をほぐしていくように。
やがて一ヶ月が経つと、そこには尻穴に射精をさせて絶頂する、ガチとも言える尻穴奴隷がそこにいた。
さらに彼女は出し切って小さくなり、尻穴から抜け落ちると、そのペニスを綺麗に舐めて、残った子種を吸い出した。
行為はエスカレートしていく。
ある日の深夜、犬耳をつけて裸にしたあと、尻穴に尻尾をつけ、外套一枚を着せて首輪をつけて散歩をしていたときがあった。
台場博士はそれだけは止める様に二人に言った。
仁礼栖香は本物だった。
「博士…、首輪の件は黙っている約束じゃ…」
「安心しろ。みやびちゃんや土方には言ってない。それにもう時効じゃろ」
フィーナの冷たい目線を浴びて小さくなる。
そんな鹿之介を楽しそうに見ながら、博士は話を進める。





やがて月日が経ち、アルカディア号はオリエント会戦での勝利後にイルミダス本星を叩き、これを半壊に追い込んだ。
しかし輝かしい勝利はそこまでで、各銀河から応援に戻ってきたイルミダス艦隊には数の差で手が出せず、膠着状態に陥った。
さらに星間連合オリエントの勝利がその他の星間国家の疑念を呼んだ。
オリエントも危険な奴らではないのかと。
この会戦後に政変が起きたイルミダスではこれまでの単一民族主義が放棄され、他民族と連携する方針になるとこの傾向は強くなった。
オリエントとイルミダスは二つの星間連合を編成し、さらなる睨み合いとなった。
これを機会に、ヘビーメルダーでは臨戦態勢を終了し通常の戦時体制へと移行した。
ヘビーメルダー軍は将官から兵までその六割が30歳前後の女性(大半がトカーガ星からの脱出組み)で構成されていた。
もう何年も、「勝つまでは完全避妊、懐妊すれば降ろす」を鉄の掟としていた。
戦えないのならばこれを取り止めて、子を成させ次代への繋ぎを作ってゆこう。フィーナや鹿之介らが考えた、首脳部の最終判断だった。
薬を取り止め、懐妊自由とした。
最初の懐妊はやはりというかフィーナだった。
これは男一人で数名の女性を囲っていた現状では仕方が無かった。
初期メンバーの町村などはこの時50歳を越えていて、年頃の女性6名の面倒を見ていた。
頑張れと言っても、幸せな状況といっても、無い袖は振れなかった。
そんな状況で鹿之介はフィーナただ一人。ハレムを作るのを良しとしなかった。これは出航時に交わした約束が変わらず守られていた事でもあった。
この艦橋で君が舵輪を握り続ける限り、俺は君と共にある。
シンフォニア軍人の誇りにかけて、君を裏切るまねはしない。他の女を近づけることもない。
ともすれば、神懸り的な鹿之介の熱意に対し、当初は引き気味であったという。
しかし、二人が二重太陽ベスベラスを越える航海、ゼーダとの死闘、オリエント会戦などの難所を乗り越えてゆくうちに、二人の結束は強まっていき、伴侶への神懸り的な想いはむしろ、フィーナの方が強くなっていった。




妊娠したフィーナのお腹が大きくなると、政務も表立ってのことは出来にくくなる。
裏方ならまだしも、国内の会見や会議などには鹿之介が女王代理として参加する。
政治的仕事、いわゆるデスクワークの類を苦手にしていた鹿之介は、まだその王配としての仕事をする能力を持ち合わせていなかった。
フィーナが授けていた教育はまだ芽が出ていなかったのだ。
そこでフィーナは彼を手助けする補助を置いた。
トカーガ星人の女性が二人。男性が良かったが、政治的仕事に長けた男性はいなかった。
しかも独身なのが困るのだが、その二人はトカーガ星脱出時以来のメンバーで、どのハレムにも属さずに孤高の存在を貫き通していた。
八年経っても一人身なので、伴侶を持つ気が無いとフィーナは判断した。


一人目はアナスチガル。
トカーガ星のエルフ族出身でかつ女王をやっていた。物分りのよさ、分別のついた采配などができ、うってつけの人材だった。
年齢は1000歳を超えるが人間では20代半ばの若さを持ち、出るところは出ている超抜群のプロポーション。
未亡人という部分がフィーナ的に引っかかるのだが、年齢差が極端にある。
さらにセシルという大きな娘がいる。安心といえるだろう。
甘い声がフィーナそっくりで鹿之介をたまにどぎまぎさせる、通称セシルママ。


二人目はオリヴィエ。
トカーガ星内最大宗教の聖樹教会、教皇庁のトップに立ち、教皇猊下と尊敬を集めた。
外交僧としての活躍と、組織のトップだった事から人の使い方に他勢力との駆け引きなどの知の部分で鹿之介を支えることが期待された。
もっとも知の部分ではフィーナも彼女から学ぶ所もあり、強い信頼を置かれた。
外見、その立ち振る舞いが鹿之介の好みだったようで、フィーナとしては心配になるのだが、彼女には強い特徴があった。
それはガチレズ。あぶれた若いトカーガ女性兵を複数人も囲っては、「お姉さま。お姉さまがそばにいてくれるだけでいい」と呼ばれるだけの技術を持って行使していた。
むしろ安心とさえ言えた。通称げーか。




二人の補佐は想像以上に役立った。
住民や軍部からの評価は高く、フィーナが復帰した後のも二人はこの仕事を続けさせたほうがよいとすら思えた。
国のトップに立って運営に直接関わる仕事。それが彼女らの力量を十二分に発揮する。
そして、この二人が今日まで独身だった理由が分かる。
それはヘビーメルダーでトップの地位にいる男、鹿之介にハレムを作らせそこに入り込むこと。
セシルママ、げーかは最初からそこを狙っていた。
先手を打ったのはセシルママだった。
執務に着くと座席をくっつけてて体というか胸を押し付け、フィーナと同じ声色で誘惑をかける。
強力な誘惑だったが、鹿之介は退けた。
セシルママの経験不足が鹿之介のフィーナへの愛にまるで及ばなかった。
しかし、下手な鉄砲という言葉もある。続けば脅威だった。


もう一つ。
げーかは女性相手とはいえ経験豊富だった。これが鹿之介というガードの脆い男には有効に機能した。
言葉巧みにその気にさせようとする手腕はフィーナ以上のものがあった。
さらに言葉の拡大解釈を用いての既成事実を成立させる手腕は見事なものがった。
体を押し付け、鹿之介の手を取ると自分の胸を掴ませながら耳元にこう言った。
「私の体をお使いください。フィーナ様から鹿之介様を慰めるよう、仰せつかっております」
と、強烈な吹かしで悩殺を試みた。
これに鹿之介は耐えられず、逃げ出した。逃げることが出来たのは彼の最後の理性だった。




鹿之介から報告を受けたフィーナは考えた。
彼の要請通り、二人をはずすのは簡単だが難しい。
二人はすでに統治システムに加わっている。
これを難癖をつけて取り外せば他者からいらぬ嫌疑をかけられる。
さらに二人から敵視されても支障が出る。
二人の心の奥底を見抜けなかった自身の眼力を呪っても事態は解決しない。
詰問を受けたげーかは笑顔でこう言った。
「固く、強く勃起してくれましたよ。その気になってくれたとばかり思ってました」
手強い。
考えあぐねたフィーナは勃たせない方向で手を打つことにした。
簡単に言うと、精液を保有していなければ二人の策は失敗する。
抜かれる前に抜け。
しかし、いくら戦闘中の厳しい環境に耐えられる軍人も、朝から昼から晩までホイ勃たせろといわれてどうにかなるものではない。
だいたい手淫口淫にも限度があり、同じことの繰り返しでは飽きもくる。
フィーナは最後の手段を試みた。
汚いことを進言し、嫌われてしまう事も考慮しながら、遠慮しがちに、苦渋に満ちた言葉を鹿之介に投げかけた。
尻穴を使った擬似セックス。
これで代用し、出来ない間はこれを行使しながらやり過ごす。
精は放出すればよいものではない。
放出のさせ方に悦びがある。



この申し出に鹿之介は天を仰いだ。
またしても尻穴。
二人目の女性も尻穴。
しかし、ここに至っては躊躇いは無用。
かつての経験を元に、鹿之介は己が力量のすべてを注ぎ込んだ。
舌や指を使い、皺の一本一本をほぐしてゆき、フィーナの準備を整えていった。
そして一ヵ月後。
そこには直腸に射精されては絶頂するフィーナの姿があった。
尻穴で絶頂する悦びを覚えたフィーナは、これに新たな価値を見出した。
大事にされ、愛される悦びしか知らなかった彼女は、尻穴がもたらす暴力的な快楽が酔いしれた。
征服される悦びを覚えてしまった。
そして、この悦びを鹿之介にも返してゆく。


フィーナは男性も尻穴を使えるのか勉強し、準備が整うと、鹿之介に話して事に及んだ。
目隠しをして縛りつけ、動けないようにして、自分がされたように舌や指を使ってほぐし、手袋をつけて内部へ進入。目標は前立腺。
そして一ヵ月後。
そこにはフィーナの掛け声で間欠泉のように噴出しながら絶頂し、情けない声で愛の言葉を繰り返す鹿之介があった。
噴出される精液を顔から体に浴びてフィーナは恍惚し、満たされていた。
これが征服欲なのだろうか。共に命を懸けて戦う伴侶は完全に自分のものになった。自分なしでは満たされることは無いだろう。
自分が彼のもの。彼は自分のもの。お互いが性的に支配しあう形になった。
こうして二人は人に言えない快楽を与え合いながら、他の異性を排除して二人の世界を作り上げた。
録音データについては、博士がヘビーメルダーで待たされている間、音が漏れていたので録音しただけで何か仕掛けたわけじゃない。
部屋の改装ミスで音が漏れていたのだ。
予定された時間より早く到着して二人が盛っていると、受付も気を使って終るまで連絡せず、博士も黙って待っていた。
博士は音漏れにすぐ気づくと、指摘せずに次回以降録音するようになる。
また、何とかして撮影をしようとしたが、カメラを通す隙間までは無かった。


「博士。鹿之介のし、尻穴を私が開発したことは黙っているって約束では…」
顔を真っ赤にしてうつむくフィーナ。続いて鹿之介はずっと下を向いている。
博士は笑いながら息子に言った。
「伴侶を見つける時は、このようにお互いの秘密を共有できる者が良いぞ」
正は鹿之介を尊敬していた。
仁礼の長女、アーシュライト王室の唯一残った後継者の二人を瞬く間に尻穴奴隷に仕立て上げた恐るべき手腕。
その正体は自分も尻穴奴隷であった。
自分はどうであろうか。
尻穴奴隷に巡り合えるのか。それとも尻穴奴隷にしてくれる女性に出会えるのか。


台場天文台から離れた山中に軍事用の第三宇宙港があった。
ここは予備として利用される所で発着が少なく、アルカディア号の着陸する際に細工をする必要が無かった。
昼に一便が外宇宙に向けたものが発進。
夕方に火星から一便が着陸するのみだった。
必要なデータ、物資を積み込んだトラックを滑走路まで乗り入れ、フィーナ達はアルカディア号を迎え入れる。
着陸し艦体を固定すると、フィーナ達はすぐに積み込みに取り掛かった。
通信が入る。
鹿之介が腕時計のアンテナを伸ばして応じ、報告を受けるとフィーナに向く。
すでにトラックは開いた後備ハッチからタラップを通じて乗り込もうとしていたが、どうもタイヤがスリップするようで時間がかかっていた。
「フィーナ、追いついてきた。長官自ら乗り込んできたぞ。数はジープ5、兵20。全員が歩兵装備」
「新型の戦艦ではなく歩兵で?」
「そう、言ってるうちに、ホラ」
エンジンを激しく震わせながら歩兵を乗せたジープが滑走路を走ってくる。情報通り5両。
先頭の車両に乗っている女性の姿は仁礼長官に違いない。
フィーナらのいる後部ハッチから30メートルは離れている位置にジープは止まった。5両その場に。
そして長官はジープの上で立ち上がり、マイクを握る。
彼女の隣にいる男。イルミダス人が兵に指図している。
兵がジープを降りるとライフルを背負い、動き出す。しかしその動きは緩慢だ。やる気があるように見えない。
「宇宙海賊フィーナに告ぐ。そのまま蜂の巣になりたくなければ投降しなさい。
 艦を降りている貴様など、取るに足らぬ存在です」
仁礼長官の透き通った、よく響く声だった。




この声を直接聞くのはいつだったか。
鹿之介は懐かしさと複雑な心境を感じていたが、備えは必要だ。やるべきことはやる。
「あんな小隊で私達を捕縛するつもりかしら、貴方の教え子は?」
フィーナの笑みに、嘲る様なものが浮かぶ。
「人がいないのだろう。引き抜きすぎたかもな」
二人の目の前の部隊は、行けと言われても行きたがらず、結局は仁礼長官夫妻が先頭に立って歩き始めた。
包囲させることも出来ないのか、そのレベルらしい。新兵以下か。
それでも兵達はライフルを構えながら歩いている。撃たれるのは厄介だ。
「みんな、離れるなよ。離れねば安全だ」
鹿之介がフィーナや積み込みのメンバーに言う。
皆が頷き、各々の作業を進める。
トラックの力不足に業を煮やしたヤッタランは人を増やし、運搬を人力に切り替えた。
パワーのあるロボットがあるが、一台だけだ。
小隊は10メートルの距離に近づくと、仁礼長官はもう一度言った。
「宇宙海賊フィーナ、それと隣の男。投降なさい。
 聞かねばすぐに撃ちますよ」
二人を睨み、その態度は仇敵に対するものだった。
そしてフィーナは手を上げた。右手だけを。
長官が見ると、第二砲塔がこちらを向いている。



「下がりなさい。愚か者の防衛軍長官。
 アルカディア号に歩兵で挑む勇気は賞賛を得るどころか無能の極みですよ」
「ここで艦砲が使えるはずがありません。
 それともワタクシを撃つ為に、地球を守ると言っている貴方が、この町で住民を殺戮する艦砲射撃を行いますか?」
「ええ、その通りです。今の私は無法者。
 地球の法など一考にも値しません。
 この愚か者を吹き飛ばしなさい!!」
腕を下ろしながら一喝。フィーナの声に合わせて轟音が響いた。
膨大な煙が噴出し、長官らの足元付近は地表が一部砕けた。
絶叫をし歩兵達は逃げ出した。武器を持ったままならマシな方で、投げ捨てて逃げる者。その場で気を失う者。
煙が晴れると立っているのは仁礼夫妻だけだった。
長官の顔は青ざめていたが、周りの被害は大したことが無い。
空砲と小細工をしただけにすぎない。
こんなブラフに親衛兵が何もせずに壊走したとは。
長官は腰のコスモガンを抜くとためらいもなく撃った。
強力なエネルギー弾はフィーナの胸の前で何かに弾かれて消える。
アルカディア号の空間防護システムだった。


「仁礼長官!
 その銃は地球人を撃つためのものじゃない。守るためのものだ。
 大事なことを忘れるな!」
「そのようなこと、言われるまでもありません!
 それでもワタクシはこれでフィーナを撃つんです!!」
仁礼長官は怒気を現した目で鹿之介を睨みつける。
余所見をした瞬間、衝撃を受け、その手からコスモガンが落ちる。
見ればフィーナが涼しい顔をしてコスモガンを構えていた。
「そのような使い方をするのなら、その銃を回収しますよ。
 今日は貴方の負けです。引き揚げなさい」
長官はフィーナを睨むと腰のサーベルを引き抜いた。
鮮やかな抜刀は今も鍛錬を怠っていないことを伺わせた。
「抜きなさい、海賊フィーナ。
 このワタクシと勝負です!!
 イソラさんはあの男を斬り捨てて下さい!!」
隣に立つイルミダス人も抜刀し鹿之介を睨む。
その姿勢、視線。只者ではない。鹿之介はゆるりと抜刀する。
あのイルミダス人、イソラと鹿之介は直接接したことは無い。
しかし仁礼家に限らぬ深い因縁がある。
鹿之介から見たイソラは仁礼家を占領し、栖香を奪い取っていった憎んでも飽き足りぬ男。
イソラから見た鹿之介は民族にとっての仇敵。イルミダス本星の戦いでは多くの関係者を殺されている。
(とうとうこの時が来た。殺したいが、殺せば栖香が困る。下手をすれば地球を直接守る者がいなくなる。だいたい殺しても何も解決しない。厄介だ)
鹿之介が覚悟を固め一歩進むと、イソラも一歩動いた。
だが、その男達が戦うことは無かった。


「嫌です。
 そんな覚悟を固めた地球人と正面から斬り合うなんて、怖くて出来ません」
「ふざけないでください!
 ならば海賊女王フィーナはこの仁礼栖香から逃げ出したと吹聴することとなります。
 貴方の誇りも地に落ちることになりますよ!」
 「無法者の誇りなど、あってないようなものです。
 それではごきげんよう♪」
 いきり立つ長官の構える重力サーベルに対し、コスモガン。いわゆる戦士の銃を向けたままフィーナはタラップへ下がる。
「逃げるのですか、卑怯者!!」
「はい逃げます。
 鹿之介、貴方の元婚約者がとても怖いわ。助けてもらえるかしら?」
「よしきたっ!」
イソラに対し一瞥すると鹿之介は駆け足でフィーナのそばに向かう。
その姿を見送るとイソラは長官の元へ向かう。
「栖香さん、ここは我々の負けです。下がりましょう」
「何をおっしゃるのですか、ワタクシ達はまだ負けてません。
 フィーナはまだ船に乗り込んでないのですよ!」
「乗ったのと同じですが」
冷笑を見せるフィーナに長官はさらにいきり立つと駆けた。
その突進は無謀極まるものだった。
だが幸か不幸かその突進は即座に止められた。
ヤッタランがロケットランチャーを持ち出し、長官に撃った。
撃たれた弾は長官の手前で爆発すると捕縛用ネットを広げ、これを絡めた。
二人揃ってネットに絡まり、解こうと動くと、重力サーベルまでも捕らわれた。



目の前で格納庫に入っていくのをもがきながら眺めるしかなかった。
先にイソラは脱出できたが、長官はかえって絡まっていた。
解こうとイソラが手伝うが長官はただ一人の青年を見ていた。
その青年も長官を見ている。
「台羽君、ワタクシを信じてください。
 地球は必ずワタクシが守ります。海賊フィーナは戦争を続けるだけの無法者です!」
長官の言葉に台羽は首を左右に振った。
力なくうなだれるしかなかった。
またしてもヘビーメルダーに有望な人材を奪われる。
「長官。僕や父さんはマゾーンによって命を狙われました。
 このままでは危険なのでアルカディア号に移ってから、今後のことを考えます。
 ですから長官は今後も調査に当たる者達の護衛をしてほしいのです」
「台羽博士が命を・・・?
 分かりました。マゾーンが何なのか分かりませんが、護衛を用意するとします」
「ありがとうございます。
 僕から一つ、質問させてよろしいでしょうか?」
「ええ、何なりと。ワタクシに許される範囲内でお答えします」
「どうして、尻穴奴隷なのですか?」
一瞬、時が止まった。
フィーナはその光景をコロコロと笑いながら見つめ、鹿之介は片ひざをつき、片手で顔を覆った。
ああ、なんて質問だ。
やると思ったが、本当にやらかすとは。
「シリアナード・レイ!?」
隣に立つイソラが驚く。
無理も無い。何を言っているか分からないだろう。
しかし、長官の態度と言葉で、すぐに、何となくとも分かるはずだ。



「違うんです。ワタクシは本当は尻穴奴隷なんて嫌なんです!
 でも、望まれるから、流されて…!」
「そんなに気持ちがいいんですか?」
「いいとか悪いとかの話じゃないんです!
 尻穴奴隷にしてもらった事を感謝するんです!!」
「尻穴を舐めるのって美味しいんですか。理解に苦しみますが」
「味を求めて舐めるんじゃありません。
 そもそもアレは入口を解す為にするのであって、そもそもワタクシは舐めません!!
 舐められるほうです!!」
これは不味い。
割って入ろうとする鹿之介の腕を、フィーナが握って止める。
フィーナは満面の笑顔でいた。ここまで垢抜けた表情は久しぶりだった。
「気の毒ね、あのイルミダス人」
「ん…? ああ、全くだな…。」
異星人とはいえ、長年連れ添ってきた妻の、前の男との付き合いに会った性癖を聞かされるのだ。たまったものではない。
だいたいの者にとっては強烈な不意打ちで夜も眠れなくなるだろう。
自分の伴侶が何をやってきたか聞かされて、平然とする者はそういない。
鹿之介みたいなのは少数派なのだ。
そして、イソラも少数派だった。
さらに彼は亡きゼーダ司令より才知優れる勇敢な男として評価をうけ、その側近を務めていた。
イソラはこの状況を打破する為に、知勇を振り絞り悲惨な会話に割って入った。
「栖香さん!」
「い、イソラさん…、ワタクシは、ワタクシは…」
「よく分かりませんが、よければ私を栖香さんの尻穴奴隷にしてください。そして、私の尻穴奴隷になってください」
「いけません!イソラさんまでこの茨の道を歩ませるわけには行きません」
「私は貴方の伴侶なのですよ。貴方の歩む道をどうして違える事が出来ますか。共に行きましょう、尻穴奴隷の道を…!」
穏やかに、そして力強く、男ぼれするさわやかな物言いでイソラは栖香に寄った。
噴出すのをこらえながら鹿之介は台羽の口を押さえながら、タラップを上がってゆく。
そのそばを通り、先に格納庫へ入るとフィーナは振り返って言った。
「危なかったけれども、楽しいひと時だったわ。
 命を狙われて怖かった分、後でしっかりと慰めてもらうわ」
「ああ、美味しいコーヒーを淹れよう。
 しかし、備えがあったから平然としていたが、警告抜きで撃って来た。
 これからは身を晒す事を慎もう」



気軽には言っているが、仁礼長官の態度は熱意という言葉で説明がつかない。
半ば憎しみの感情が入っているとすら思えた。すぐに発砲したのは殺意があったとしか思えない。
今後の接し方は考え直さねばならないだろう。
長官夫婦が去っていく姿を見ながら、
「雨降って、痔、固まるって奴ですね」
と台羽の言葉にヤッタランは
「痔ならよう固まらんわ。酷くなる一方やがな」
そんな会話も聞こえなかった。
鹿之介は考える。
自分と仁礼家の決裂を端に発した対立は根が深いものになった。
このような形で地球に直接関与する時は無いと思っていて、後先考えずにやりたいようにやってきた。
ヘビーメルダーの戦力不足を補うために行った、えげつないまでの地球への引き抜き工作や通商破壊。
現在の地球の防衛力がガタガタで、危機に立ち向かう勇敢な戦士がいないのも自分達に原因があった。
勇者がいるはずがない。いたらヘビーメルダーへ連れて行っているのだ。
仁礼長官が連れてきた歩兵も、マシな部類だったのだろうが戦力にならないのは、なる者は引き抜いていったからだ。
手を取り合ってマゾーンに立ち向かう事は不可能に思えた。
思えば、仁礼長官が無理な攻撃を仕掛けてきたこと、いや、アレは相打ち覚悟で自らの生還を考えてない攻撃とも思える。
イルミダス地球占領軍が撤退してから、彼女の立場が急速に悪化しているとは聞いていた。想像以上に悪いのかもしれない。
彼女を可哀想だとは少しも思わない。お互い、なるべくしてなったのだ。
あとはどこかで折り合いをつけるのか、それとも決裂したままマゾーンの謎に挑んでいくのか。
後者ででしかないだろう。
仁礼長官を良く知るつもりの鹿之介には、決裂したままの未来しか予想できなかった。


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