4 同じネタを使いまわす哀れなエイリアン





ポリンはご機嫌だった。
仕事がトントン拍子でうまくいっているからだ。
余った時間は趣味の錬金術に使える。これがうれしくないはずがない。
二つのベッドには二人の人間がベルトで固定され、装置にかけられる。
とても珍しい、共通の遺伝子に残る記憶を探ってみる為だ。
「やっと自由アルカディアの声の主を調べられるのね。これで一つの仕事が終ったわ」
ポリンは調子よく機械を操作していく。
朝霧達哉、フィーナ・ファム・アーシュライトの二名が機械にかかる。
フィーナは考える。
共通の遺伝子の持つ記憶とは。
自分達の記憶もその範疇に入るのだろうか。
だとしたら、幼い頃に出会った、あの強烈な恋心が赤裸々の元に晒されてしまうのか。
それも悪くないと思った。
すでに達哉への想いは振り切っている。彼はしっかりと自分の意思でパートナーを見つけた。
自分の初恋が入る余地はない。
そして自分もパートナーを見つけ、戦争が始まるまではとても幸せに暮らしていたではないか。
甘酸っぱい、昔話が達哉の前でも公表されてしまう。
でもいい。それは達哉も持っているということだから。
麻衣には悪い事かもしれない。
でも、想い出に浸るぐらいは許して欲しい。
パートナーに裏切られ、何もかも失い、明日がどこにあるのか分からなくなった自分に、少しでも生きる気力となる。



何事も無く機械が離れていく。
ごそごそとポリンがトカーガ兵と話している。
「何それ、ゼーダ司令の情報、おかしいんじゃないの!?」
何かあったのだろう。
ポリンの機嫌が悪くなる。そしてフィーナ達のほうを向く
「ごめんなさい。共通の記憶を持つ遺伝子ってハーロックと敏郎という人物らしいわ。最初から人違いだったわ」
伝説の宇宙海賊の名前が出た事に驚く。見たことがある人、いないのでは?
それよりフィーナはポリンを呼ぶ。
そばにきたポリンに小声で、他には聞かれないように慎重に言う。
「私と達哉には共通の記憶は無いのかしら?」
「再生出来る、強い印象を与えているものは無いわね。貴方に達哉との思い出はあるけど、達哉の方にはこれといって…。まさか、これ?」
装置の小窓を指すポリン。それを見るフィーナは瞬時に顔を赤らめた。
何だろうか、達哉はベルトで固定され起き上がれない。鹿之介は覗きに行きたかったが、ただならぬ雰囲気を感じて、無言でパイプ椅子に座り続けた。
「こういうね、幼い頃のキスって二種類の思い出になるの。一方はとても素敵な初恋へ。もう一方はいつもの事。貴方は前者。達哉は後者ね。ほらこれ、妹さん?にもしてるし、こっちは近所の子かしら。データにないわね…誰かしら?」
ボソボソと小声でしゃべる、満面の笑顔でいるポリンに対し、フィーナ表情は暗くなっていく。
人の記憶や遺伝子に残るものを映像化する装置ってクソだなと鹿之介は思った。
昔の事は穿り返すべきじゃない。鹿之介は強く思う。




ポリンはフィーナに対して嫌味を言うつもりはない。しかし思うところはあった。
遠目では分かりにくかったが、近くで見ると軍服の上からでもフィーナの胸の大きさが分かった。
どっしりと詰まった果実が隠されている。
それが目の前で、見せ付けるかのようにずっと置かれている。
つい、言葉がきつくなる、長い研究を経ても巨乳が手に入らないポリンには屈折した思いがあった。
「お気の毒ね。貴方にとっては大事な初恋の思い出。しかし一方からは、貴方はその他大勢の一人で埋没してる。
でも人生ってそういうものじゃないかしら。すれ違い。そう、いけると思った異性とのすれ違い。
スタイルが自慢のようだから、新しいのを探しに行けばどうかしら?」
楽しそうに笑い声をだす。
フィーナの目が据わった。
達哉は思う。これはいけない兆候だ。脱出したいがベルトをはずしてもらえない。俺のこと忘れてる…?
「そうですね。自慢をしているつもりはありませんでした。
ただ、持ってない人の気持ちを今まで、考える事がありませんでした。
申し訳ありません」
と、腕で胸を持ち上げながら、笑顔で答えるフィーナ。
ポリンの顔が引きつる。





「お詫びをしなければなりませんね」
懐から何かを取り出し、右手で握り締めて振り上げる。
鹿之介の目が見張る。
「姫殿下、それはッ!」
フィーナが視線を向け、頷く。
同じように頷くと、鹿之介は懐から取り出したものを高く掲げる。
「3、2、1!」
フィーナのカウントに合わせて、二人は地面に投げつける。
嫌に小さな爆発音を鳴らすと、悪臭が撒かれ始める。
「何でその銃を持ってるの!?」
「貴方の部下が、いらないのに無理やり返してくれたのよ。使い道があって良かったわ」
ポリンが慌てて換気扇を回すが、壊れていて使えない。
しっかりと修繕してから使えばいいものを。横着をするからこうなる。
ポリンはハンカチで鼻を覆う。どうにかなるものではなかった。
逃げようとする二人を達哉が呼び止める。
「ベルトをはずしてくれないか? 取れないんだ」
フィーナは振り返り、満面の笑みで答えた。
「今までキスしてきた女の子が誰か一人、来てくれるわ。楽しみに待っていることね」
その言葉で鹿之介の足が止まる。彼は自由アルカディアの声の主を助けようとしていたのだ。
しかしフィーナの言葉通りならば、助けようと思わない。
女性を手玉に取る、デロリとした二枚目は人類の敵である。
「君は何を言っているんだ?」
達哉の声も空しく、二人は消えた。
鹿之介は達哉の声を背中で聞き流しながら改めて思う、あの機械はクソだ。早く壊したほうがいいと。



「やだっ、オナラとか下品なネタで笑いを取ろうとするのは邪道よ!
水に落ちるのも、壁が倒れてきたり、女の子の体を触るセクハラも駄目!
金だらいが落ちてくるとか、ブリキの缶で殴ったり、パイを顔面に押し付けるのも禁止!!」
悪臭に苦しむポリンは喚いた。
喚くとさらに息を吸わねばならない。
顔を覆って屈みこんで耐えるポリンを横目に、脱出に成功した達哉は走ってフィーナの後を追う。
「やだっ、もうちょっと考えなさいよ!
相手は女の子よ、品性にかけるネタが面白いと思わないで欲しいわね!!
酒ばかり呑むのも禁止!酔うだけが人生じゃないのよ!
ちょっと、何で誰もいないのよ!!」


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