冬の望月さん祭り
冬の望月さん祭りです。
最初に断っておきますが、望月さんは何も関係ありません。
2018年12月31日に榛名山まで行く計画を立てました。
たいした事は出来ませんでしたが、取り憑かれたように冬コミに行くのではなく、別の事をするのが、自分にとっては大事なことだったのです。
榛名湖とは何か。
榛名湖行きのバスを見たのは第二次グンマー作戦の頃。
湖までリース達を連れて行って撮影すればそれなりのものが撮れるのではないかと考えるのです。
これは簡単に考えてました。
路線バスが走るのだから片道45分も走ればつくだろうと安易に考え、簡単な計画を立てます。
で、実際に状況を調べると、湖が山のてっぺんにある(榛名山と榛名湖を別に考えていた)とか、普通に一時間以上かかり、当然のように本数は沢山無いのです。
初期の計画では
・榛名神社で下車。
・榛名湖まで再乗車
・スズランで榛名山(酒)を買う。
・フレッセイで榛名牛乳を買って帰る。
以上の案で、本当にたいしたことしないなぁと思いながらも、これで決まりました。
ですが、18切符の運用だと不可能だとなります。
今回の作戦は姫路城、新年の東京作戦と連動していたので、予算の都合で18切符の運用方法に合わせないといけません。
再考され、
・コミケ列車(ムーンライトながら)で東京入りをして高崎まで行く。
・榛名湖まで行く。
・スズランで榛名山(酒)を買う。
・急いで帰る
というものになりました。
さあ、久しぶりにムーンライトながらのチケットを用意しないといけません。
コミケに行かないのに至極難しいチケットの用意です。
金が使えないって大変です。
榛名山頂上に到着。
暖冬ですが、この辺では霜が降りています。
肌寒さを感じます。
右手にあるのが展望台になっている山ですね。
ロープウェイを使って登るようになっています。
心休まるいい所ですね。
先の写真からやや左側を撮影。
煩い俗世から離れたここには、沢山の宿泊施設があります。
一昔前はさぞ、賑やかだったのでしょう。
歩道上で撮影。
もう少しいい所で撮影しようね。
れいなの手袋が脱げてます。
これ、実は五ヶ月たった今も脱げたまま。
いかんと思ってスポーツバッグを探しますが、見つかりません。
参ったなぁ…。
なんか、歩いても登れそうですな。
この辺りは気軽な登山が楽しめるそうで。
しっかり装備を整えて、チャレンジしてみたいですね。
本格装備ではリースやアヴリルを連れて行けませんが。
文明の利器を使います。
ここでは大きな音声で出発を教えてくれますから、寒い中、震えて待つことも無く、自家用車の中でゆるゆると待てます。
自家用車を持てない貧乏人の鹿之介は日向で待ちます。
隣を見ると、やっているのかやってないのか、よく分からん店舗が。
自転車が使えると有難いですね。
一周を回ってみたいですね。
力強く登っていきます。
ぐいぐいと。
ロープウェイとは、人を運ぶ道具であります。
摩耶ケーブルのとは趣が違います。
山頂で景色が見れそうなポイントに来ますが、たいして見れません。
摩耶ケーブルとかもそうなんですが、木の枝を切らないと景色は見えません。
切るのは非常に大変です。
つまり、見れないということです。
何かあります。
道から一本はいると石碑があります。
ここは隠れているから誰も見向きすることなく通り過ぎていきます。
神様が祭られてますが、見ての通り、ほったらかしで誰も相手にしていません。
これはいけません。
記念撮影をしていこう。
日差しが強烈です。逆光じゃなくて本当に良かった。
眩しい。
さあ、撮影も済んだので帰りましょう。
ここで驚き。
このわき道に鹿之介が入ったのを見て、気づいた家族連れが上で待機してました。
つまり、大半の皆さんは神様がどうでもいいんじゃなくて、わき道に気づかなかっただけということでしょうか。
最後に上からの一枚を。
やっているんだろうけど、怪しいゴーカート。
愛知こどもの国にあったのも、あんな感じだったかなぁ。
もう思い出せないや。
湖面に出ると、撮影に向いてるポジションが見つかる。
鴨が優雅に泳いでいたかも!
テーブルの上に座らせたほうが良かったかも
お疲れ様でした。後は帰るよ。
榛名山を買って帰途につきます。
とうとう、普通にコミケに行かない日がきた。
何年も前から、こういう日が来ると思っていた。
ただ、いつか分からないだけで。
それが今日、この日になったのだ。
帰りの電車に乗り、しばらくたつと見覚えのある雰囲気の方がいた。
例の匂いで分かる。
大きな荷物(徹夜装備?)に戦利品が入ったであろう荷物。
ノーパソでカタカタやってる。
湘南新宿ライン快速小田原行き。
私は14:00過ぎに高崎を出る列車に乗った。それに乗るのを見ると、彼はコミケにギリギリまでいたのだろうと思われた。
やけに匂うと思ったわ。
しかし、この冬にコミケを徹夜したぐらいで射程のある匂いは出ない。常日頃からなんだろう。
(今年は暖冬だからなんとも言えないかも)
真横に寄って覗いてみる。
連打されるノーパソはサークルチェックをしていた。
戦いが終わったのにどうしてチェックする必要があるのか。
聞いてようと思ったとき、
(お前は何をする気だ? コミケに戻りたいのか?)
そんな言葉が浮かんだ。
もう終わりにする。
疲れた足を引きずって、取り憑かれたような事はしない。だから榛名湖に行ったんだろう。
この時に彼とコンタクトを取っていたら、コミケ作戦は復活したかもしれない。復活の可能性はかなり高かっただろう。
だが、そうはしなかった。
卒業はしっかりしないといけないのだ。どうせ、補充も満足に出来ないしね。
小田原、熱海で乗り換える。
何気なくvitaを出して創造を続けると、彼はそこにいた。
私は思った。
大佐よ、コミケに行かなくてもその匂いが俺を逃がしちゃくれんよ、と。
そのうちに限界が来て、乗客の少なくなった車両内で彼は、バタン!とひっくりかえった。
コミケの徹夜は地獄だ。やるものじゃない。
衆人環視の中で混乱する姿を晒すのは見苦しいものがある。
やった事がある人は分かるかも!
浜松で乗り換える。
時間があるので下でビールをがぶ飲みして気勢をあげる。
作戦の終了は近い。今日も良くやった。
大佐はガッカリするかもしれないが、こうなる事は予想していたんじゃないかな。
そんな気がする。根拠は説明しづらいが。
列車に乗る。
再びvitaを続けようと思ったが、電池が無い。
ハッとして見ると、横浜の辺からご一緒だったコミケ戦士がそこにいた。
もしかして、同じ駅で下車じゃないだろうな。
やがて、私が下車する時が来る。
さあ、あと一息で我が家だ。
降りる準備をすると、コミケ戦士は素早く私の前に立つ。
地元かよ! そうじゃないかと思っていたよ!
大佐よ。彼は俺達の意思を継ぐ、立派な後継者だ。
後の事は彼に任せよう。あれだけの逸材がいれば安泰だ。
え、お前も行けって?
とりあえず、令和元年12月末に榛名神社に寄る作戦があるので、帰りに会えたら、コンタクトを取ってみます。
追加。
会えませんでした。(2019.12.31)
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